彼らは、今日もいつものように二人で狩りに来ていた。
      「重い」
      不機嫌そうに赤髪のウィザードがその言葉を吐き捨てるのも、いつものことだった。
      「またっすか?」
      無造作に地面に投げられたずた袋をシーフが拾い上げる。
      珍しい抹茶色の髪だ。
      「ってか、何でいつも持ちきれなくなるんで? あなた力はあるでしょう」
      ウィザードのくせに、という言葉を口にするのはやめておいた。
      この年中無休で低血圧なウィザードの機嫌を損ねるのは決して得策ではない。
      袋の中身は換金にしか役に立たない収集品だ。
      彼は高価なものを他人に預けることはない。
      とはいえ大抵のものはカプラ職員の倉庫に保管しているし、狩りには最低限のものしか持ってきていない。
      回復薬や牛乳などはほとんどシーフが持たされている。
      一体何故、物を持てなくなるのだろう。
      「知るか」
      容赦なく切って捨てられて、シーフは寸前まで出かけたため息を何とか押しとどめた。
      ため息の罰金は一回につき100z。
      ウィザードはこの世の何よりもお金を愛していた。
      キリキリと、胃の当たりが痛む気がする。
      ウィザードはそんなシーフの様子を彼に気づかれないように確認すると、自分の荷物を地面に下ろした。
      「疲れた。少し休むぞ」
      「ああ……はい」
      シーフは返事をすると、肩にかけていたマントを脱いで地面に敷いた。
      そこに当然のようにウィザードが腰掛ける。
      当人たちは慣れきっていて全く気づかないが、一連の動作は背景に城の一室が見えるほど滑らかかつ自然だった。
      尤も、城の中で床に座ることなどないだろうが。
      人半分ぐらいの隙間を空けてシーフも座り込む。
      収集品の整理と回復アイテムの確認をしている彼を尻目に、ウィザードは自分の荷物から書物を取り出した。
      ふところから眼鏡を取り出してかけると、初めの方のページを開いて読み始める。
      それに気づいたシーフが彼の手元の書物を見つめる。
      「……何だ。お前に読める本じゃないが」
      「いや、そうじゃなくて、何で本がココに」
      片手でやっと持てるぐらいに分厚くて、しかも角は金属強化されている。
      殴ったら人一人は殺せそうだ。
      「野外でも自己鍛錬を怠るわけにはいかない。より知識を追求するために持ち歩いて何が悪い?」
      しれっと言われる。
      確かにそれは正論かも知れない、が。
      「それ置いてくればもっと荷物持てるんじゃ…一冊だって重そうっすよ?」
      それももっともな話だろう。
      ウィザードが完璧主義者なのは知っているが、もうちょっと薄い本にするとか手はあるだろう、とシーフは思っていた。
      しかし彼の口から出た答えは、シーフの胃をさらに悪化させた。
      「一冊じゃない。三冊だ」
      「……はい?」
      「三冊ぐらい、知識の重みだと思えば軽いものだ」
      じゃあ収集品も持てとは言えなかった。
      突き刺さるような痛みに耐えながら、それでも彼は進言した。
      「あー、全部読めるわけじゃないんすから、せめて薄いの一冊にしたら…」
      どうでしょう、と言う前に彼は口をつぐんだ。
      薄いレンズの奥に冷たい光を帯びた瞳が見える。
      胡座をかいた鷹揚な姿勢で、ほんの少し下にあるシーフの目を見据える。
      「お前が――私に指図するのか?」
      「いや……そんな気は毛頭」
      シーフはあっさりと折れる。
      あの目で見られて、こちらが引く以外にどんな選択肢があるのだろう。
      それでなくてもシーフは彼の目に弱いのだ。
      「ならばよし」
      偉そうな態度は全く崩さず、彼は再び書物の世界へ入っていった。
      こうなってしまうと、シーフの方は全くやることがない。
      短剣の手入れでもしようかと思って手に取ったが、視界に彼の赤い髪がかすめた。
      不意にそれに触りたくなるが、そんなことをしようものなら手が火傷するのは目に見えている。
      ウィザードは火系の呪文が最も得意だ。
      ならばせめて何か言おうと、前から少し思っていたことを言ってみた。
      「二人で並んでるところって、上から見るとポリンとポポリンすよねー」
      冗談のつもりだった。
      髪の毛の色合いからして、そういう感じだというだけのことだった。
      しかし、彼は全く反応しない。
      (う、うわ、沈黙が……いや、空気が痛い)
      それでも感じるプレッシャー。
      言わなければ良かったと心の底から後悔した。
      「それは、冗談のつもりか?」
      書物の文章から目をそらさずに言う。
      「あ、まあ、一応」
      曖昧に頷くシーフの頬を冷や汗がつたった。
      「5点」
      果てしなく低評価だ。いや、0点でないだけまだましかも知れないが。
      「う……。あ、ちなみに何点満点で」
      「一万点だ」
      「そりゃないでしょ」
      何処の世界に一万点満点で採点する輩がいるのだ。
      ふとウィザードが顔を上げた。
      「お前の持論だと私がポリンなのか?」
      「あ゛」
      シーフの発音は表記を超えたものとなった。
      口調はいつもよりよっぽど静かだが、それ故に恐ろしい。
      「この、私が。お前よりも格下だと言いたいのか?」
      そんなことないと言うか単に髪の色から連想しただけじゃないっすかと頭に弁解の言葉が思い浮かぶが、
      それを口に出す勇気はなかった。
      黙り込むシーフに、彼はとどめの一言を投げかけた。
      「そういう態度を取るなら、今夜私に触れるな」
      「えっ」
      さあっと顔から血の気が引いていく。
      「そ、そんな殺生な! だって先週もその前も……!」
      「うるさい喚くな。だいたいお前は細かすぎるんだ、男のくせに」
      「どっちが言い出したことだと…」
      一週間に一回。
      これがウィザードが持ち出した条件だった。
      「知らん忘れた」
      「ひど……」
      さすがに本当に泣いてはいないが、心の中では滂沱の涙を流している。
      ウィザードも若い男性なら、少しは自分の気持ちもわかってほしいと思う。
      いっそのこと力ずくで、と考えなくもないがやったら地獄を見るのはこちらだ。
      シーフが物騒なことを考えている間に、すでにウィザードは書物に視線を戻していた。
      その姿を認め、思わず膝に顔を埋め呟く。
      「愛が足りない」
      小さなささやきを聞きとがめて、ウィザードが軽く眉をひそめた。
      眼鏡を外すと書物の開いたページの上に置く。
      「気に入らないのなら、いつでも行って構わない。ただし」
      驚いたシーフが勢いよく顔を上げる。
      向いた先には、薄い笑みを浮かべたウィザードの顔がある。
      「有り金は置いていけ」
      両手を上げて降参の意を示したシーフの顔は、どこか嬉しそうだった。
      「……遠慮しときます」
      結局のところ、自分が彼にかなうはずもないのだ。
      大体、あんな酷薄な笑みにも見とれてしまうのはもう末期だろう。
      木々の合間から漏れる光を見ながら、シーフはウィザードが満足するのを待った。



      End.

      本を読む時眼鏡ってことは、もしかして老眼…(げふげふごふ)


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