六人組2


      背後に隠そうともしない気配と荒い息づかいを感じて、座っていた彼は振り返った。
      そこには、正面から太陽の光を浴びた黒髪のアサシンが立っている。
      体力には自信があると言っている彼が息を乱すほど、必死になって走ってきたのだろうか?
      そう考えると、騎士は少しおかしくなって笑いそうになる。
      先程感じたどうしようもない焦燥が、はじから溶けて無くなっていくかのようだ。
      言うべき言葉が見つからないのかただ黙っている彼に騎士はほほえみかけた。
      「昔も、こんな事があったよな」
      騎士が笑ってくれたと内心小躍りしそうだったアサシンは、その言葉に昔を思い出す。
      それは今よりももっと未熟だった頃の、苦い思い出だった。
      「……あの時は、お前がオレを迎えに来てくれた」
      彼が苦い記憶を口に出すと、騎士が自分の隣の地面を示した。
      座れよ、と言う言葉に解釈してアサシンが控えめに腰を下ろす。
      「昔と今とじゃずいぶん状況違うけどな」
      「悪かった」
      唐突に頭を下げられて、騎士は内心動揺する。
      「……何が?」
      「今日のことと、昔も」
      じっと見つめられる。
      いつも騒いでばかりいるこの男は、たまにごくまじめな表情を見せる。
      下手なレアアイテムよりも珍しいと言われているのを本人は知らないが。
      「昔のことは、もうすんだことだろ」
      「じゃあ、今日のことはまだ怒ってんの?」
      そう言われると騎士としては返答に困る。
      自分に黙って酒盛りをしていたことに腹が立ってつい出てきてしまったが、落ち着いてみると
      そんなに怒るようなことでもないような気がする。
      そんな所が仲間達から甘いだの人が良いだのと言われる所以なのだが、やっぱり本人は気づいていない。
      「別に。俺もちょっと疲れてたからさ、かちんときただけだよ」
      「じゃあ、もう怒ってねーの?」
      すがるように見てくる視線は、子供の頃から全く変わっていない。
      「ん……あ、そうだ」
      「な、なに?」
      騎士は楽しいことを思いついた子供のようににっと笑った。
      「今日の俺の飲み代、お前のおごりなら完璧に許してやる」
      だから帰ろうと立ち上がりかけて、ぐいと腕を引かれる。
      バランスを完全に崩されて、アサシンの腕の中に倒れ込んだ。
      文句を言おうと開きかけた口から、しかし言葉が出ることはなかった。
      「お前のこと、嫌いなんかじゃねーからな!」
      耳を打つそれは、まっすぐに心の中に入ってくる。
      「世界中の誰のこと嫌いになったって、お前のことだけは嫌いになんかならないから!」
      すぐ耳元で言っているにもかかわらず、アサシンの声はむやみやたらと大きい。
      酒場を出る際に残してきた台詞を気にしていたのだろうと思いたった。
      「……声がでかい」
      耳を押さえながら言うと、慌てて体の上にあった腕がどいた。
      今度こそ立ち上がって軽く土埃を払っていると、こちらを伺っていたアサシンと目があった。
      「ああ、俺もお前たちのことは嫌いにならないよ」
      早く行こう、と促して歩き出すと、背後でアサシンが少し落ち込んでいるようだった。
      「お前『たち』かあ……」
      小さく小さく呟いた声を騎士の耳が拾えるわけもなかった。
      何をやっているのだと振り返りかけた騎士の背中にアサシンが飛びつく。
      「うわっ」
      さすがに倒れることはなく、二、三歩たたらを踏んで立ち止まる。
      「何するんだよ」
      「いーや、はやく行こーぜ」
      「変な奴」
      そうして、二人は並んで歩きだした。
      仲間たちが待っている場所を目指して。



      「ていうかさ、馬鹿なんだよね」
      「救いようのない馬鹿だな」
      すっかり椅子の上で寝てしまったプリーストはそのままに、三人はまだ同じ店で飲んでいた。
      ちなみにプリーストの肩にはどこから出したのか毛布が掛かっている。
      「まあな……」
      この場にいない者のことをあまり悪く言うのも気が引けて、ブラックスミスは控えめに応じる。
      「大体、本人がいない所でのろけたいからって……それで怒らせたら何の意味もないのに」
      ハンターは小さめのグラスに入った濃紫の酒を飲んでいる。
      飲み干した後幾秒かはお酌して欲しそうにウィザードのことを見ていたが、そんなことはありえないと
      わかっているのか自分で瓶を傾けた。
      「単純特化型馬鹿だからな。そこまで頭が回らなかったんだろう」
      だったら教えてやれよと言いたくもなったが、言ったところで目が据わっているウィザードに勝てるはずもない。
      代わりに、その言葉と一緒に酒を飲み込んだ。
      誰も席を立とうとはせず、そのことについて口に出しもしなかった。
      二人は必ず帰ってくると分かっているからだ。
      腐れ縁だよなあと、ブラックスミスは自らの青い髪に触れた。
      あの時よりさらに短くなった髪。
      6人ではしゃいでいた頃を思い出した時、酒場のドアが開いた。


      End.



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