六人組


      首都プロンテラの、大通りから少し外れた所にある酒場。
      そこでは昼間だというのに、冒険者達が酒盛りをしていた。
      その中に、最も目立つ集団が一つ。


      「だっろー? だからオレも言ってやったわけよ。そしたらあいつ何つったと思うー?」
      「……知らねーよ」
      ブラックスミスはそう言うと、手の中のコップを傾けた。
      目の前では、異様なまでにテンションが高いアサシンがけたけた笑っている。
      「だろーなあ。それがさあ……」
      なおもうだうだと何か言っているアサシンの言葉を適当に聞き流して、コップの中の透明な液体を見つめる。
      かなり純度が高いそれを先程から3杯以上飲んでいるはずだが、ブラックスミスは全くの素面のままだ。
      この時ばかりは、自分の酒の強さを恨んだ。
      何せ同じテーブルについている仲間達はさっぱり自分の援護をしてくれないのだ。
      右隣を見ると、そこにいる赤い髪のハンターはアサシンになど目もくれずウィザードの世話を焼いている。
      彼もブラックスミスと負けず劣らず酒に強い(少なくともブラックスミスは彼が酒に酔った所を見たことがない)
      のだが、大声でわめいているアサシンのことは完全に視界から消えているようだ。
      そのハンターの隣には仏頂面のウィザードが座っている。
      顔色は全く普段と変わらないが、確実に酔っている。
      その証拠に、意外と幼い目つきを隠すためのサングラスが無造作にテーブルの上に置かれていた。
      長い前髪をかき上げるたびに、上機嫌のハンターの笑みがさらに深まった。
      「ほら、酒ばかりじゃなくて何か食べないと、胃に悪いよ」
      「うるさい、私の勝手だ」
      「でもこれ凄い美味しいと思うんだけど。早く食べないと全部食われちゃうよ?」
      「……よこせ」
      素直にハンターが差し出した小皿を受け取ると、ついてきたスプーンを使って行儀よく食べる。
      その子供っぽい咀嚼に合わせて銀の髪が揺れる。
      その後も、さりげなく彼の前に料理の皿を置いたりこっそり酒を取り替えたりしている、まめまめしい
      というか小間使いのようなハンターだった。

      自分の左隣に座ったプリーストは、何が楽しいのかにこにこにこにこ笑っている。
      普段はかぶっているビレタを膝の上に置き、薄めた酒を空けていく。
      笑顔のままテーブルの上一杯に並べられた料理に手をつけては、美味しいといってまた笑う。
      昔よりはずいぶんマシになったが、笑い上戸なところは直っていないとブラックスミスは思った。
      と、彼の濃茶の髪にゴミがついているのに気が付いてブラックスミスはそれを取ってやった。
      テーブルの下に放ると、プリーストはゴミの行く末を確かめるようにテーブルの下を覗き込む。
      後ろで一つに縛ってある長髪が重力に従って垂れ下がった。
      ひょこっと上体を起こすと、ブラックスミスに笑いかける。
      「ありがと」
      「気にすんなよ」
      礼はいいから俺を助けてくれとは口に出せずに、軽く言ったあとに黙る。
      「でさーあ、もう傑作だろ!? あ、おい、お前ら話聞いてるのか〜?」
      人が話してるくらいちゃんと聞けって、と言ってくるが酔っぱらいのたわごとなどまじめに聞いても損をするだけだ。
      「聞いてるよ」
      ブラックスミスがおざなりに返事をすると、酔っぱらいが不服そうな声を出す。
      「あ、嘘だ、そんなん嘘に決まってる。どーせオレの話なんかまともに聞く気ねーんだろ……」
      途端に落ち込んだ酔っぱらいは、一人床を見つめてぶつぶつと愚痴を言い出した。
      見ていて鬱陶しいことこの上ない。
      自然と、ブラックスミスの視線が空いた椅子に向かう。
      六人がけのテーブルに、普段ならもう一人一緒に座っているはずだった。
      いや、今日だって酔っぱらいが余計なことを言わなければそうなっていたはずだったのだ。
      こんなに早くから宴会をすることもなかった。
      ちゃぷんと酒を揺らして、ブラックスミスは小さくため息を吐いた。

      (……コイツの相手はお前の仕事だろーが……)

      ずいぶん勝手な恨み言を、今はいない相手に心の中でぶつけながら。
      今海にでも行ったら、青い空のばかやろー!とか怒鳴ってしまいそうだった。


      かくて宴会は進み、ウィザードが早口と魔術の因果に関する話をとくとくと語りだし、ハンターがそれにいちいち
      もっともらしく頷き、プリーストが料理をおかわりし、アサシンがテーブルの木目とお友達になったころ。
      それはやってきた。
      それ、と言っては失礼かもしれない。
      何せ彼は正真正銘人間だったからだ。
      ぎい、ときしんだ音を立てて酒場のドアが開く。
      ドア側を向いて座っていたブラックスミスは顔を上げ、そのまま硬直した。
      射し込む傾きかけた太陽の光、それに照らされて鮮やかに浮かび上がる金髪。
      細身のシルエットだが、着込んだ鎧は紛れもなく騎士のもの。
      空席の主が、現れたのだった。
      隣でハンターがおや、と間の抜けた声を上げている。
      ウィザードは語りを止め、冷たい目で騎士とアサシンとを見比べる。
      半分寝ぼけた目をしたプリーストは、こんにちはと小さく挨拶した。
      そして問題の酔っぱらいは、未だ気づいていない。
      テーブルの木目との、『君もつらいよねえ、オレもつらいのさー』と人生相談に忙しいようだ。
      一瞬静まった酒場の空気がまたざわめきを取り戻しても、そのテーブルだけは静かだった。
      その騎士は、迷うことなくずかずかとこちらへ向かってくる。
      顔に浮かんでいるのは、かすかな疲労と怒りだ。
      4人の注目を受けて、彼はアサシンの背後で立ち止まった。
      「――楽しそうだな」
      それが無理に抑えた声であることは容易に知れる。
      その声に過剰に反応して立ち上がったのは、言わずと知れたアサシンだった。
      テーブルに手をついて後ろを振り向いたため、手がぶつかったグラスが軽く音を立てて倒れた。
      薄く茶がかった液体がテーブルの上を伝い床にこぼれるが、誰も見向きもしない。
      唯一、酒場の店主が眉をひそめた。
      騎士はふう、と聞こえよがしにため息を吐いた。
      「俺が騎士の寄り合いに出て意見交換し合ってる間に、お前らはこんなとこで飲み食いしてたんだな……。
       よーく分かったよ」
      「え、いや、ち、違うぜ、これにはわけが」
      一気に酔いが覚めたらしいアサシンが慌てて始めようとした言い訳を、冷たい声が遮った。
      「全部そいつが考えたことだ。私たちには何も関係ない」
      ウィザードにすぱっと切って捨てられて、こころなしか涙目になる。
      横では、そーかやっぱりお前かとでも言いたそうな目で騎士が睨んでいる。
      「そんなこと言うなよお! お前らだって飲んでたし――」
      「貴様のくだらない話につきあわされたのは誰だと思ってるんだ。むしろ私たちは被害者だ」
      そいつの話につきあってたのは俺なんですけど、とブラックスミスは心の中だけで呟いた。
      今そんなことを言ってとばっちりを食らったらたまったもんじゃない。
      「そうだね。大体僕たちは待ってようって言ったのに君がいいって断言したんだし」
      あくまでも穏やかな口調でハンターがとどめを刺す。
      そうまでしてアサシンが飲み会を開いた理由も分かってはいたが、今言うべき事でもない。
      ブラックスミスは孤立無援になったアサシンをただ眺めている。
      プリーストは閉じそうになる目を必死に開けていた。
      良くこんな状況で眠気が吹き飛ばないものだと半ば感心した。
      「もういい。……そんなにお前、俺のことが嫌いだったんだな」
      最後に捨て台詞と、哀しげな表情を残して騎士は酒場を出て行ってしまった。
      最後に見つめられたアサシンはとっさに手を伸ばしていたが、一般のアサシンより素早さに劣る彼が間に合うわけもなく。
      右手は空しく空を切った。
      アサシンは己の手を見つめ、呆然と立ちつくす。
      ブラックスミスは横手から視線を感じた。
      そちらを向けば、ハンターは目で合図を送ってくるしウィザードに至っては鷹揚に顎をしゃくってくる。
      言ってやれ、と示しているのは明白だった。
      助けを求めるつもりでプリーストに目をやれば、眠りそうになりながらも一つ大きく頷かれた。
      彼は結局自己犠牲精神を発動せざるを得なかった。
      しょうがないのだ、一次職の頃、果ては子供の頃までさかのぼってもそういう役割が回ってきたのだから。
      自分が貧乏くじを引くようにできているのだ、と彼は一人ごちた。
      「行けよ」
      発した言葉に、アサシンが振り向く。
      「行ってやれ」
      「でもさ……」
      重ねて言ってもためらいを見せるアサシンに、彼は語気を強めて言った。
      「お前が行かなきゃ意味無いだろ。それとも、あいつに嫌われたいのか?」
      その言葉がアサシンを動かした。
      風のように、とまではいかないもののそれなりに速く彼の姿は酒場から消えた。
      「おー、行った行った」
      「まったく、馬鹿ばかりだ」
      「ちょっと……素早くなったみたい……?」
      「うん、何か反復横跳びで鎧着たままの彼に負けたんだって。夜中にこっそり特訓してる」
      「何故そんなくだらないことばかり知ってるんだか」
      勝手に話している三人の声を聞きながら、ブラックスミスは彼が出て行ったドアを見ていた。
      そして不意に呟く。

      「飯代、払って行けっての……」







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