バックステップは危険なかほり


      「なあなあ、向こうの方に変なアサシンが倒れてたんだけど」
      「……変なアサシン? なんだそれ」
      通りの向こう側で交わされる会話を聞いて、露店を出していたブラックスミスが顔を上げた。
      パイプタバコをくわえて、面倒見の良さそうな姐さんである。
      「それがさー、背中に槍刺してぶっ倒れてんの」
      「なんじゃそりゃ。てか、んなモンスいたっけ?」
      「知らね。でも、どう見ても人間用の槍なんだよなあ…そいつもなりたてっぽいし」
      成り立てのアサシン。槍。
      まさかと思いつつも、ブラックスミスは会話をしているバードとアルケミストに近づいた。
      「ちょっと失礼、そのアサシン銀髪だった?」
      「へ? あ、ああ、多分そうじゃないかな。ゴーグルかぶってて良くわかんなかったけど」
      「そ。ありがと」
      お礼に、とカートに積んでいた牛乳を一本づつ彼らに手渡す。
      にっこり笑って手を振ると、彼女はカートをひいて去っていった。
      「……いい女だなー」
      「この女好き」
      不用意な一言で、アルケミストにはたかれるバードであった。


      ブラックスミスがその場に着いた時、すでに小さな人だかりが出来ていた。
      人が少ない時間帯故か辺りに聖職者の姿は見あたらないが。
      カートをひいたまま人々を押しのけると、その先に倒れていたのはやはり見知った顔だった。
      おそらくカプラ嬢の位置記憶転送サービスによってここまで送られてきたのだろうが、倒れたまま動く気配はない。
      しかし、カプラ嬢のサービスは生きている者にしかきかないのでおそらく命はあるのだろう。
      そう思い、彼の近くまで行く。
      バードが話していたとおり、アサシンの背中にはぐっさりと槍が刺さっていた。
      そして、その槍に巻かれた布も見覚えがあるもので。
      ブラックスミスは思わず大きなため息を漏らした。
      カートの中から白いポーションを取り出し、やや乱暴に蓋を開ける。
      次に、おもむろに彼の背中に足を乗せた。
      「ぐえ」
      肺の中の空気が押し出されたのか、カエルのような声が聞こえたが意識は戻っていない。
      細かいことは全て無視して、ブラックスミスは槍を引き抜いた。
      勢いよく血が噴き出してくる、ということはなく、えぐられた肉の部分をじわじわと血が覆っていく。
      彼女はためらいなく傷口にポーションをぶっかけた。
      しゅわしゅわと煙が発生し、徐々に傷口が塞がろうとしている。
      よくよく見れば背中だけでなく後頭部から血がにじんでいたり、右腕に大きな切り傷があったりするが、
      彼女はそこまで構わなかった。
      アサシンの体を担ぎ上げると、カートに乗せてその場を去ろうとする。
      いや、実際もう少し人目に付かない場所に移ろうと足を動かし始めたのだ。
      それを妨げる者がいた。
      「あら、あなたの連れだったの?」
      あまり聞きたくない声に、それでも彼女は振り返った。
      そこにはいかにも清楚そうな、薄紫の長い髪をしたプリーストが立っていた。
      「連れというか……腐れ縁みたいなもんよ。で、あんたはなんでここに?」
      ブラックスミスの目には警戒するような色が浮かび、とても歓迎しているようには見えない。
      「倒れたまま動かない人がいると言うので、神の恩恵を授けようと」
      「そのいかにも僧侶、って言い方やめれば? 似合わないわ」
      「まあ」
      心外だ、と言うようにプリーストが目を開いたが、すぐに細められた。
      そこには聖職者ぜんとした柔らかみはなく、どこか冷徹な印象がにじむ。
      「あなたに見栄を張ってもしょうがないわね。とりあえず場所を移さない?」
      口元に笑みを浮かべた表情は、自分の提案が否定されるとは微塵も思っていない証拠だ。
      聖職者の仮面を外すと現れるオーラ、人は彼女を女王様と呼ぶ。


      「この際仕方ないわ、こいつにヒールしてやってくれない?」
      大通りから外れ、人がまばらにしか通らない場所に移動した後でブラックスミスはそう言った。
      彼女の目線の先にはカートに乗ったまま動かないアサシンの姿がある。
      アサシンを見下ろしながら何事か考えていたプリーストは彼女に向き直る。
      「いいけど、条件が」
      「却下」
      「あらひどい」
      聞きもせずに切って捨てたブラックスミスの言葉に、プリーストはわざとらしく口元に手を当てて見せた。
      「元からヒールするつもりで来たんなら変わらないでしょう」
      「さっきと今じゃつもりが違うわ。せっかくのチャンスだし」
      くすくすと笑う彼女はてこでも動かないと経験上知っているのか、ブラックスミスは渋々口を開いた。
      「……三十分」
      「冗談でしょ」
      「一時間」
      「話にならないわ。そうねー…八時間?」
      「無理に決まってるでしょ! せいぜい三時間よ」
      「はい、交渉成立。三時間ね」
      余裕たっぷりのプリーストの顔を改めて眺めて、ブラックスミスは深いため息を吐いた。
      すっかり乗せられたことに気づいてももう遅いのだ。
      ますます機嫌が良くなったプリーストは、アサシンに近づくとヒールを唱えた。
      みるみるうちに彼の傷が塞がり、こころなしか顔色も良くなっていく。
      おおかた完治したと見てプリーストがカートから一歩離れると、彼の目がうっすらと開かれた。
      二、三度瞬きを繰り返したかと思うと、その視界に映るブラックスミスの姿に驚愕したように起きあがった。
      えびぞりで。
      「え、姉御っ!? なんで……ってうわーっ!!」
      果てなく派手な音を立てて、バランスを崩したアサシンの体はカートもろとも地面に倒れた。
      「……この……」
      静かな中にも怒りをこめたブラックスミスの声がアサシンに届く。
      「馬鹿アサシン!」
      握り込まれた拳は、狙い違わずアサシンの脳天に直撃した。
      「いっ……」
      一瞬目の前に星が散るのさえ見えた彼は、涙目でブラックスミスを見上げた。
      「す、すいませーん……てか、俺どうしてここに?」
      「知らないよ。槍ぶっさしてそこらに倒れてたから連れてきただけ。ほら、あっちの人にお礼言いなさい」
      「へ?」
      ブラックスミスが指さした先には、プリーストが楽しそうな表情で立っている。
      「あ、ヒールっすか? お手数かけさせてすいません、おかげで助かりました」
      ぺこぺこと頭を下げるアサシンを、プリーストは手で制した。
      「いいのよ。お礼はたっぷりもらうから」
      「ちょっと!」
      あまり聞かれたくないことを言われて、ブラックスミスがプリーストの服の裾を引っ張る。
      その様子を見てなんとなくまずいことなのかな、と察したアサシンはその話題に触れようとはしなかった。
      「あー……えと、その辺にあいついませんでした?」
      「ああ、やっぱりあれと狩りに行ってたのね?」
      「はあ、せっかく転職したことだし」
      「せっかくだから、何があったか話してくれないかしら」
      頭に手をやりながらブラックスミスと話すアサシンに、プリーストはにこやかに言った。
      なんとはなしに逆らえない気配を感じ取り、アサシンが彼女に向き直る。
      「んじゃ、姐さんも聞いてくださいね。
       今日は一応俺の相棒、っつーか漫才の相方?と一緒にODまで行ってきたんですが……」




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