後日談
「なんか頭痛い」
ルティエに一泊した翌日、首都まで戻ろうとしていた時にアサシンがそう漏らした。
「何だ? 昨日頭使いすぎたか」
荷物の点検をしていた騎士が振り向く。
そして彼は、アサシンの頬が紅潮していることに気が付いた。
「っておい、お前……」
一歩、二歩、慎重にアサシンに近づいていく。
彼はといえば、常よりもさらにぼーっとした顔をして突っ立っている。
おそるおそる手を伸ばし、額に手を当ててみる。
別に熱くは感じない。
「……気のせいか」
思わず安堵のため息が口をついて出る。
「なあ、手袋つけたままで何かわかんの?」
「…………」
珍しいアサシンの知恵あるツッコミに、騎士は思わず自分の手をじっと見た。
そういえば働いても自分の暮らしは楽にならない。
どうやら相当動揺しているようだと思い直し、手袋を外す。
そして改めてアサシンの額に触れてみた。
「……熱い」
「あ、そ? じゃあ風邪でもひいたのか…」
その一言を聞いた瞬間、騎士は後ろにとびずさった。
バックステップもかくや、というキレがある。
「何でだ……」
彼は信じられない、というようにアサシンを見た。
その顔はこれ以上ないくらい驚愕の表情で彩られている。
そして力の限り叫ぶ。
「何で馬鹿が風邪をひくんだ!?」
「それかよ!!」
思いっきり突っ込んだアサシンはそのやりとりにか高熱にか、意識が薄れていくのを感じていた。
「で、何で教会?」
「ここぐらいしか人がいないところがないからだ」
何せ昨日は床で数人の冒険者たちと雑魚寝だったのだ。
人など来ていないかと思ったが、ダンジョンに潜る者や自分たちのような物好きがいたらしい。
その家はなかなか冒険者の出入りが激しく、夜ならまだしも昼間落ち着いて寝ていられる雰囲気ではない。
それに、他人に風邪がうつるようなことがあっては迷惑だ。
尤もアサシンの風邪は昨日雪まみれになっていたせいであろうが。
かといって人家に上がりこむわけにもいかないし、温かいところの方がいいに決まっている。
というわけで一応暖炉付きの教会まで来たのだった。
もちろんアサシンが気を失うのを許されるはずもなく、起こされて引きずってこられたのだが。
礼拝用の長椅子が何脚か並べられている小さな教会は少し寒かった。
なるべく暖炉に近い椅子に毛布にくるまったアサシンが寝ている。
「あっちい」
「毛布はぐんじゃないぞ、ガキじゃあるまいし」
図星を指されたアサシンは不満そうに軽くうなる。
そうかと思えば、一転明るい口調でこう言ってきた。
「なあなあ、雪ん中で寝てたら熱下がんねーかなあ」
なんとなく浮き立っているような声は熱の高さを示していた。
熱が高いのはわかるが、しかし。
(……脳細胞が三万個ぐらい死んでるんだろうな)
「永眠したけりゃやってこい、止めんから」
まじめに相手をするのもばからしく、なげやりに言う。
「えー、俺まだ死にたくないー」
「うるさい、おとなしく寝てろ」
額にいささか乱暴に冷やしたタオルを乗っける。
ちなみに先程外に出て雪にたたきつけたものだ。
「つめて」
へらっと笑みを浮かべると、言われたとおりにおとなしく目を閉じた。
薪でも取ってくるかと騎士が腰を上げた時。
「あの、さ」
目を閉じたままアサシンが話しかけた。
「あれだったら、先に戻ってて、いいからさ。すぐ…」
追いつくから、と言ったきり口を閉じる。
騎士が近づいても反応しないことから、どうやら完全に寝入ったらしい。
「やっぱりお前は馬鹿だ」
このご時世に、こんな所に病人が一人で寝ていたら身ぐるみはがされても文句は言えないだろう。
一体何年冒険者をやってきているのだ。
それに、いくらなんでも病人を置いては帰れない。
ましてや、一応相棒なのだから。
騎士が薪を抱えて戻ってくると、アサシンは妙にうなされていた。
不思議に思い、薪を置いてから時折漏れる寝言に耳を傾けてみる。
「う〜ん、神、様が見…?」
首を振ったらしく傍らに落ちているタオルに気が付いた。
さっき雪に埋めておいたものと交換する。
「……シラタキが泳いで…禿ー……天下大将軍……」
なおも謎の言葉を発するアサシンを騎士は人外の者でも見るような目つきで眺める。
彼は、異界との通信に忙しいらしいアサシンを本気で置いて帰るべきかと思案し始めた。
End.
雪の街へ
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