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     12 「一昨日来やがれ」


      微かに海の匂いがする。
      アルベルタの一角にある孤児院から出てきた時、俺はそう思った。
      この町には慣れたはずなのに、海の匂いにはどこか慣れないのだ。
      いや、嫌いって訳じゃないんだが。
      いつものように子どもたちと遊んで歌を教えてやって、宿に帰る道のりで迷うはずもない。
      のんびりとした足取りで、近道の細い路地に入った時だった。
      一人のアサシンがそこに佇んでいる。
      別に路地に突っ立ってちゃいけないという法律があるわけじゃなし、そいつの横を通り過ぎようとした。
      「楽しそうだったね」
      ぽつりと、想像よりも高めの声が聞こえてそちらに意識がいってしまった。
      これは俺が今まで生きてきた人生の中で最も大きな失敗だと言っても過言ではないと思う。
      腹の辺りに鈍い衝撃が走り、ああもしかして殴られた?と認識したのを最後に、俺は意識を失った。



      「……頭痛い」
      何故かどっかの宿っぽい所のベッドの上で身を起こしながら、俺は愚痴った。
      じゃり、と金属がこすれる音がして、重い足下にすっごく嫌な予感を抱きながら上掛けをめくってみる。
      うわー足枷とはまたマニアックな。
      「って、そういう問題じゃねえ!」
      しかも両足につけるんじゃなくてかたっぽベッドの足につけてあるし。
      世間一般に、これは誘拐とか言わないだろうか。状況から見て間違いなく犯人はあのアサシン。
      しかし、自分で言うのも何だがこんな金持ってないバードを誘拐して何の得があるのだろう。
      かわいいプリさんとかアコさんだったら別だろうけど、俺は男だし。
      はっまさか悪徳な訪問販売とかじゃないだろうな!?
      きっと綺麗な女の人と黒服の大男が一緒に現れて、商品を買わないと俺がどっかに売られちゃうんだ。
      どうしよう一曲歌ったら許してくれるとかないかなっ!
      ほとんどパニック状態で訳のわからないことを考えていると、部屋のドアが開いた。
      思わず身を退くが、ベッドの上でそうそう動き回れるわけもない。
      入ってきたのは女の人でも黒服でも宿の人でもなく、さっきのアサシンだった。
      黒い髪で、やたらと楽しそうな笑顔を浮かべている。
      ……正直、その笑顔がやたら怖かった。
      「あー先にいっときますけど俺金持ってないから! 金銭目的の誘拐とかだったら諦めた方が良いと思う」
      幸いにも手は戒められていないので、両手を上げて降参のポーズを取る。
      アサシンは一歩一歩踏みしめるように歩み寄ってくる。
      不安を煽るような歩き方で、多少表情に怯えが混じってもしょうがないだろう。
      「お金ならいっぱい持ってるよ」
      ベッドの横に立ったそいつは、笑顔のままでそう言った。
      「じゃあなんなんだよ……俺、あんたとは初対面だぞ」
      「んー? 実はね」
      その笑顔は無邪気な子どもの笑顔に似ていて、それでいて根底がまるっきり違う。
      俺がよく遊ぶ子どもたちは、こんな裏がありそうな笑顔はしない。
      彼は俺の頬に手を当てて、こう言った。
      「僕は君を愛してるんだよ」
      「一昨日来やがれ」

      つい、本音が出た。
      一体誰がぶん殴られて拉致られたあげくいきなり変なこと言われて、『まあ嬉しい』と頬染めるというのだろう。
      てゆーかあんたも男だろ。
      しかし、この状況でそういう本音を漏らしてしまったのは失敗としか言い難い。
      こっちはほとんど身動きが取れない状態の上、純粋に戦闘に特化したアサシンと俺じゃあ勝負は見えている。
      一般人よりは体を鍛えているが、弓引く練習よりも楽器を弾いて歌を歌う方が楽しいのだからしょうがない。
      アサシンはすっと目を細めると、いっそ無造作とも言える手つきで俺の左手首を掴んだ。
      そのまま、音がしそうな勢いで壁にたたきつけられる。
      「っ」
      掴まれた手がきしむようにすら思われ、顔が歪む。
      アサシンの顔に、一瞬何かの気配がよぎる。それは、喜悦とも称せるものだったかもしれない。
      嫌な予感がする。
      奴の右手に力がこもり、手首が悲鳴を上げた。
      「な、何すんだよ」
      痛い。ちょっと泣きたいぐらいに痛むのだが、それがこいつにばれるのは何となく気にくわなかった。
      「止めてほしい?」
      「あったりまえ、だ」
      手を外そうと上げた右腕があっさりと捕まり、ベッドに縫いつけられる。
      膝を乗り上げたアサシンが耳元で囁く。
      「このままだと折れるかもしれないもんねえ」
      それを強調するように、万力で締め付けられるような力が手首に加わる。
      「ぐ……っ」
      冗談ではない、腕は商売道具だ。
      利き腕でないとはいえ、腕が使えないのでは冒険もままならない。
      腕がなければ演奏も出来ないから、たまに酒場で稼ぐ臨時収入も失うではないか。
      せこいというな、俺は貧乏性だ。
      ぎしぎしと、骨がきしむ音すら聞こえてくる。
      このままでは本当に折られかねないと判断した俺は、反抗することを諦めた。
      「た、のむ、から、止め」
      懇願。嘆願。
      どちらも俺の嫌いな言葉だが、背に腹は代えられない。
      少なくともこの状況では、腕ばかりか命までこいつの手に握られている。
      「え? なに」
      止めろ、と言ったのは聞こえているはずなのに、わざとらしく聞き返してくる。
      笑みを浮かべる目の奥に、ちらちらと燃える炎が見えたような気が、した。
      「……止めろ、手、離せ」
      「嫌だ」
      「なっ……!」
      あっさりと言い返されて、思わず絶句した。
      こいつが何をしたいんだか俺にはさっぱりわからんつーかさっさと手離しやがれこの野郎。
      できうることなら頭に浮かぶ限りの言葉を駆使して怒鳴ってやりたいのだが、それができたら苦労はしない。
      左手首にかかる力は全く揺るがないまま、そいつの左手が俺の右腕を伝って移動している。
      何がしたいんだと口を開こうとしたら、頭を壁に押しつけられた。
      しかも喉を押される形で。
      「……っ!!」
      息が詰まる。苦しい。痛い。
      この野郎……俺の黄金の喉に何しやがる。
      酸素が足りないのに、手首に感じる痛みが意識を失うことを許してくれない。
      これはもしかしたらここで人生終わりかと限界を感じた時、不意に奴の手が離された。
      盛大に咳き込みつつ、左手を少し動かしてみる。よかった、折れても外れてもいない。
      掴まれた所がぞっとするぐらい赤くなっていたり指の先が白かったりまだ痛かったりするのだがそれはまだマシだろう。
      「ああ、やっぱりやめとこう、声が出なくなるとつまらないしね」
      「……あんた、一体、何がしたいんだ」
      息はまだ上がったままだし、アサシンに思いっきり見下ろされてるのも気にくわない。
      一発殴ってやりたい。
      「君を愛してる」
      「ふざけんな!」
      声を荒げれば、間髪入れず拳が飛んできた。
      ボディーブロー再び。だから俺痛いの苦手なんだって。
      「だから、君を僕だけの物にしてる」
      「俺は物じゃねえってか現在進行形かよ!?」
      余計なことが気にかかる俺は、やっぱりツッコミ体質なんだ。
      痛いほど見つめてくるアサシンの目を睨み返すと、当然のように微笑まれた。
      「もっと声を聞かせてほしいね。……怒鳴り声より、艶のある声の方が良い」
      「は」
      何だか今とてつもなく妙な言葉を聞いた気がするんですが、これは気のせいでしょうか。
      いやむしろ気のせいの方がいいつか絶対気のせいだそうに決まってる!
      俺がせっかく自己完結したのに、アサシンは全く意に介さず俺の服なんかに手をかけちゃって。
      なんであんた他の職業の服の構造知ってるんですか。
      「ちょっと、待てっ!」
      永遠に待ってくれ。




      16「お前にだけは言われたくない」に続く




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