16 「お前にだけは言われたくない」
結論:変態拉致アサシンは、サドでした。
お父さんお母さん、ごめんなさい。
貴方たちの息子は今くじけてしまいそうです。
さっきと同じベッドの上で上半身を起こして、俺は泣きたいのをぐっとこらえた。
左手首はまだ微かに痛む上両手首には縄の跡が残っているし、切れ味のよろしい刃で刺された太股なんかずっきずっき痛む。
応急処置は流石にしてあったが。
……そして何よりも、腰が真剣に痛かった。
ついでに言いようのないだるさまでが体中に漂っている。
なんつうか、これは犯罪じゃないのか? いや、俺女の子じゃないから犯罪とは違うのか。
足枷は外されていたから、まともに歩けるかどうかは心配だがベッドから出ようとする。
床に散らばっている服を拾って、自分の取った宿に帰ろう。そして今日のことを綺麗さっぱり忘れるのだ。
ああ、わかっているさ。無論そんなことが無理だってことぐらい。
隣に転がっていたアサシンに腕を掴まれる。
ほらやっぱり逃がしちゃくれないんだな。
「どこいくの?」
気の抜けたように笑いながらアサシンが聞く。すっきりした顔が非常にむかつく。
「……宿に戻る」
微妙に声がかすれている。ちくしょう俺の美声を返せ。
「もうあそこはキャンセルしたよ?」
「え」
いきなり突きつけられた事実に声を上げる。
「今朝あそこから出てくるところを見つけて、もう泊まらないんだからキャンセルしちゃおうかなって」
あんた今朝からつけてたんかこの変態ストーカー。勝手に人の予定決めて他人の宿キャンセルしてんじゃねえ。
瞬時に浮かぶ数種のツッコミを口に出したいところを我慢する。
いくら学習しない俺でも、もう一回お相手させられるのはごめんだ。
「じゃあ、適当に見繕うから」
どうしても逃げ出したい。多少高い金払ってもいいから、ここ以外で泊まる。
「だめだよ」
「何であんたに指図されなきゃいけないんだ」
「……?」
実に不思議そうな顔で首を傾げられた。
「だって君は僕のだし」
「認めてねえ!」
「ふーん」
思わず反論したものの、含みがありまくる呟きを耳にして固まる。
いや俺いくらなんでも条件反射身に付くの早すぎだろ。
「……もっと虐めてほしいの?」
「そんなことありませんごめんなさいどこにも行かないから許してください」
ああっ心にも思ってないこと言っちゃってるよ!
このままでは墓穴を掘ると気がついた俺は、話題をそらすことにした。
「つーか、何で俺なわけ」
あれ、何も考えずに言っちゃったけどこれって新しい墓穴?
「一度ね、酒場で君を見たことがある」
客としてきてる時に目にはとまらないだろうから、多分演奏してる時だろう。
一度見ただけでこんな行動を起こせるほど思い詰められるのが凄いと思う。別にほめてる訳じゃない。
彼の手が俺の髪の間に入り込む。
「声が好きだ。落ち着いているのに、あんな歌声が出せる」
面と向かって言われると、流石に照れる。
ただ、自慢の声を誉めてもらっても微妙に嬉しくないのは何故だ。
「顔が好き。ずっと泣かせてみたかったし、歪んだ顔も見てみたかった」
あんたの感情が歪んでます。
「手が好き。小さな傷もいいし、楽器を演奏してる動きが好き」
その手をあんた折りかけたんですが。
「敏感そうなところも好き。一度踏んでみたいね」
そんな目で俺を見ないでください。
……こいつ捕まえた方が良いんじゃないか。
「君は僕のどこが好き?」
「いや好きじゃないし。初対面だし」
「どこが好き?」
「その頭に添えた手にさりげなく力込めるのは止めてくれませんか凄く痛いんですが」
そう言うと、ちっと軽く舌打ちして手が離れていく。
舌打ち怖っ!
なんだか、俺はさっきからひっかかっていたことに気づいてしまった。
言ってることもやってることもおかしいし根本的に恐怖でできてるような奴だが、どこか妙に子どもっぽい。
かわいさでは俺がよく遊んでるガキどもに敵うはずもないが。
「誰のこと考えてるの」
「あんたエスパーですか」
それともあれか、俺の考えが口に出てたとかそういうオチか。
「俺が遊びに行ってる……子どもたちのことだよ」
なんとなく、孤児院の、というのはためらわれた。
「ああ、僕以外の人と楽しそうに笑っていた」
あんたやっぱりそこまで見てたんですか。
「趣味悪いよねえ」
「あんたにだけは言われたくない」
本心だった。
それでアサシンを怒らせたのだとしても……後悔は、いつだってしている。
枕にうつぶせに突っ伏したまま、もはや出ない涙を流したかった。
「いやもう死にたいって言うかいっそひと思いに殺してくれませんか」
ぶつぶつと言っているのを聞きつけたのか、アサシンが覗き込んでくる気配がする。
絶対に顔は上げるまいと心に誓った。
「殺さないよー」
ああ、邪気たっぷりでいながらもあくまで無邪気な声。悪魔ってこんな声なんだろうな。
「死んだら反応しないからもったいないじゃん」
「…………」
もはや声すら出なかった。
ツッコミが一つも思い浮かばないなんてこれはもう末期だ。
ぐいと髪を掴まれて、無理矢理に顔を上げさせられる。
目が、合った。
「離さないよ」
その目の奥で揺らぐ炎。その更に奥、暗い暗い何かが見える。
こいつは、俺が逃げるようだったら殺すんだなとふいに悟った。
いらなくなったら捨ててくれるだろうが、その有り余る執着が薄れるのはいつの日か。
「僕のためだけに歌って」
その声がいつまでも耳に残った。
End.
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