プレゼント


      大切な君に、感謝を込めて。
      おめでとうと言葉を贈ろう。
      「おーい」
      約束した場所で座り込んでいると、向こうの方から呑気な声が聞こえてきた。
      そちらを見れば、顔見知りの剣士がのんびりと歩いてきている。
      ひらひらと手を振り返してやって、座ったまま彼が到着するのを待つ。
      「悪い、待った?」
      軽く謝って商人の隣に座った剣士は、相手の顔を見上げた。
      「まあまあ待った」
      さらりと返してから立ち上がる商人を見て、剣士は慌てたように立ち上がろうとした。
      それを手で制して、彼の頭に荷物の中から取りだしたものをかぶせてやる。
      「……へ?」
      片手でかぶせられたため微妙にずれているそれを見上げて剣士は間の抜けた声を出した。
      間違いなくゴーグルだ。
      そういえばずいぶん前にゴーグルが欲しいと言ったことがあるような気もするが、
      どういう風の吹き回しなのだろうか。
      というかこれはもらってもいいということなのだろうかと剣士が困惑していると、どこか照れたような
      商人が口を開いた。
      「やるよ。ちゃんとスロットついてるから」
      「いや……嬉しいけど、なんで」
      彼は職業上金にうるさい。
      売ろうと思えば売れるものを自分にくれる理由がわからなかったのだろう、ただ戸惑った顔をする彼に、
      商人は少々いらついたような声を出した。
      「なんでって、お前なあ……今日は誕生日だろ」
      「は? ……誕生日って、誰の」
      「お前以外に誰がいるんだ」
      剣士は少し考えて、困った顔で商人を見上げた。
      「あのさ……おれの誕生日、明日」
      「は?」
      「だから明日なんだって、誕生日」

      二人の間に、初夏だというのにやたらと冷たい風が吹いた。

      「えーと?」
      すっかり固まってしまった商人の目の前で手を振ると、覚醒した彼は素早く剣士の頭の上にあるゴーグルに手を伸ばした。
      「うわ、なにすんだよっ」
      ゴーグルを取られまいと顔の横に垂れている部分を掴む。
      「返せ」
      「なんでだよ、おれにくれるんだろ!?」
      「うるさい、返せっ!……柄にもないことをするんじゃなかった」
      「いいじゃんか、嬉しかったんだぞ!」
      そう剣士が言うと、商人の手から力が抜けた。
      「別にいつもらったって、お前がくれたってことには変わりないしさ」
      「こういうものは日にちが重要なんだろう……」
      ゴーグルを取り返すことは諦めたようで、額に手を当ててぼやく。
      「そんなに気になるわけ?」
      その手を取られて、じっと目を見つめられる。
      そのまなざしがどうにも苦手な商人は何も言えず、ただ目を見返し続けた。
      無言を肯定と受け取ったのか、剣士は手を放すと身を翻した。
      「おい!?」
      慌てた商人が呼ぶと、彼は振り返ってこう言った。
      「ちょっと待ってろよ、すぐ戻ってくるから!」
      その状態で走ろうとしたものだから、剣士はバランスを崩してすっ転んだ。
      思わず助け起こそうかと足を踏み出しかけたが、剣士がすぐに立ち上がって走り出した様子を見て思いとどまる。
      果たしてその言葉通り、彼を待つのにそう時間はいらなかった。
      戻ってきた剣士はその場に立ちつくしたままだった商人の手に、小さな花を握らせた。
      「……?」
      不思議そうな顔をする商人に、彼は笑顔で話し出した。
      「これは、ゴーグルのお礼。嬉しかったから。それから、ありがとう」
      誕生日の贈り物に、ありがとうと。
      そう言われて、じっと見てくる表情に耐えきれなくなったのか、商人は肩を震わせて笑い出した。
      「ってちょっと待てよ! なんで笑うわけ?」
      「だ、だってお前……花って、女にやる訳じゃあるまいし」
      「だってさあ…プレゼントかお礼っていったら花か宝石か食い物なんだろ?」
      「誰に聞いたんだ」
      「親父とねーちゃん」
      こいつの家ではどういう教育をしているんだと商人は頭を抱えたくなった。
      「大体、お前花もらって嬉しいのか?」
      「嬉しいよ、綺麗じゃん」
      なんの疑問も持たず答えた剣士を見て、こいつなら花を持っていてもそれほど見苦しくないかと商人は考えた。
      「わーった、明日花束買ってきてやるよ」
      「え、お前が花束ってなんか変」
      「結構非道いこと言ってるって気づいてるか?」
      無性におかしくなってきて、二人は顔を見合わせたまま笑った。
      「で、花束欲しいか?」
      ひとしきり笑い終わると、商人は冗談交じりに聞いた。
      「んー…別にいいや。持ち歩いて冒険できないし」
      「そっか」
      「でも、ありがとな」
      もう一度お礼を言われて、商人は自分が言っていなかったことを思いだした。
      「忘れてた。誕生日おめでとう」
      「明日だけどな」
      「また明日言ってやるよ」


      ありがとうと言葉を返そう。
      大切な君の、その気持ちに。


      End.




小説へ