言葉
彼と初めて会ったのは、まだ彼がノービスのころだった。
間違ってアクティブモンスターのいるところに迷い込んだ彼を、町まで連れて行ったのが最初だ。
『なあ、あんた商人なんだろ?』
『そうだ』
『あのさあ、おれ剣士になるんだ』
『がんばれよ』
『うん、転職したらまた会おうな』
そう言ってへらりと笑った彼は、商人の返事も待たずに駆けて行ってしまったのだ。
そして次に出会った時は、言葉通りに剣士になっていて。
自分よりも低い位置で得意そうに笑う彼に、笑い返したのが始まりだった。
露店を出している間に狩りに行っては、戻ってきて牛乳を買っていく。
やがて商人と同じぐらいの狩り場で大丈夫になった時、狩りに誘ったら彼はひどく喜んだものだ。
思えば、あれからずっと仲間を続けてきたのだが、どこかで間違えたのだろうか。
彼の恋とその破れた様を見守り、また落ち込んだ彼を励まして。
商人が抱いている感情を、剣士は少しも知らないはずだった。
いや、今でも全くわかっていないのだろう。
商人は、自分よりやや下にある剣士の顔を見て参ったというように自らの頭を掻いた。
今日はいつもと何ら変わりない一日のはずだった。
狩りに行って、得た収集品を道具屋の商人に買い取ってもらい、その金で昼飯。
午後からは狩り場の人が増えるため、商人が露店を出して剣士がその横で喋る。
いつものパターン、のはずだった。
「なー、お前っておれのこと好き?」
今日は人通りが少ないな、とぼんやり思っていた時にこんな事を言われて、商人は思わず吹き出しそうになった。
好き。
それは、決して言うまいと心に決めた言葉で。
絶対に気づかれまいと思っていた気持ちで。
商人は頭が混乱して妙なことを口走るのを必死で押さえた。
「な、なんだよそれ」
動揺が少し表れたものの、剣士に気にした様子はない。
「だから、おれのこと好きか嫌いかって聞いてるんだよ」
その言葉に照れている様子もなく言っているところから、それに特別な意味が込められているわけではないと理解する。
友情とか、仲間の連帯感とかそういうものなのだろう、多分。
「ああ、まあな」
最初の問いに答えるつもりで曖昧に頷く。
特別な意味が無くとも、その言葉を口にするのはためらわれた。
しかしその答えは剣士のお気に召さなかったらしく、じとっとした目で睨まれる。
「やっぱり」
そう言うとため息を吐いて、視線を下に向けてしまう。
「やっぱりおれのこと嫌いなんだな」
「は」
剣士の口から発せられた言葉に、商人は彼の方を見たまま固まった。
一体どこをどうつつけばそんな結論になるのか全くもって理解できない。
「いいよ、嫌われてるのも気づかずにつきまとって悪かった」
これまた唐突に立ち上がり、向こうの方へ歩いていきそうになる。
誤解されたままではたまらないと、商人は思わず彼の手を掴んだ。
「……なんでそんなことになるんだ?」
座ったまま見上げる形で聞いてみると、剣士がむっとしたような顔になる。
「お前は面倒見が良いから、つきまとってたら誰にでも優しくするって聞いた」
「誰に」
「草の葉くわえたアルケミの姉ちゃん」
商人はそれを聞いて、一気にげ、といった顔になった。
自分の知り合いで、草の葉をくわえたアルケミストといえば彼女しかいない。
享楽主義、自分が楽しければ後はどうでも良いという性格の、自分の姉だ。
だいたい、面倒見が良いとか優しいとかいう台詞はどこから出てきたんだか、と心の中で愚痴る。
どちらかといえば金にならないこと、自分に不利益なことはやらない自己中心タイプだと自覚している。
なんとなく手を貸してやりたくなる人間に対しては別だが。
「考えたら、おれなんかいても邪魔だし」
ちょっと待て、お前は根本的に勘違いしている。
最初に狩りに誘ったのはどっちだと思ってるんだ、と胸中でため息を吐いた。
「あのなあ」
なんとか誤解を解こうと口を開いたが、剣士の目を見てこれは引けないと思い直す。
仕方がないと彼は覚悟を決めた。
馬鹿姉め、と心の中で罵りながら、きっと一生言うことはないと思っていた言葉を。
じっと目を見つめた。
「――好きだよ」
軽く流してしまうという手もあった。
冗談のように、好きに決まっているとかなんとか言えばいい。
しかし、もはや後には引けなかった。
「嘘じゃないぜ、本当に」
ぐいと引き寄せ、前につんのめった彼の耳元でもう一度囁いてやる。
「好きだ」
明らかに自分が求めていたものとは違う感情が込められた言葉に剣士は狼狽した。
慌てて手を払い、商人の顔を見ると彼は真剣な目で自分を見ていた。
その目を見ていると、何となくいたたまれなくなってくる。
何故か顔が赤くなっていくのを感じた。
「あ、あー、その、おれ」
ぱくぱくと口を動かすが、言いたいことがまとまらない上に上手く声が出ない。
「……勘違いしてた、みたいだなっ。じゃ、ちょっと他の露店見てくるから!」
ちゃきっ、と芝居がかった仕草で手を上げて、半ば逃げるように去っていく。
その後ろ姿を見送って、商人は自分の目を手で覆った。
やっちまった、と小さく呟く。
あれで何一つ気づかないほど彼は馬鹿でも鈍感でもないだろう。
これからどうするか、と先程見せた真摯な目は何処へやら、彼は心底困った風に対策を練るのだった。
End.
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