GAME


      「とりっくおあとりーと!」
      開口一番、馬鹿のような口調で言ったのはローグだった。

      「……はあ?」
      「どしたよ、頭でもいかれたか?」
      いきなり現れて変な言葉を口走った彼に冷たい言葉を投げかける。
      いつもの溜まり場には、新しい楽器をつまびいていたバードとそれを聞くともなしに聞いていたアサシンが座っている。
      「えー、お前ら知らないの?」
      よっこらしょ、と地面に腰を下ろすローグに、即座にバードからじじくさいとツッコミが飛んだ。
      「ハロウィンってやつでさ、あの言葉に意味があるらしいぜ」
      「ハロウィン……なんかかぼちゃ欲しいって言ってる修道女やらお菓子くれって言ってるピエロのことか?」
      間違ってはいないが微妙にずれている発言はアサシンのもので、呆れたようにバードが呟く。
      「少なくとも人の名前じゃないと思うんだが」
      ついでに、ぺろりんと手元の楽器を鳴らす。
      「違うって。なんかカボチャのお化け作ったり、仮装して人を脅かしたりする祭りらしい」
      どこか間違っているのに三人は気づかない。
      「へー…でもさ、カボチャのお化けってGDにいるよな」
      「あいつの頭取ってくればいいのか」
      「人脅かしても怒られないなんていい祭りだよな」
      「でも変な祭りだな」
      「またあれか? 海の向こうの国の嘘っぽい噂」
      「ちげーよ、今回のはその国とは方向が違うっていうしな」
      ひとしきり『ハロウィン』なる謎の祭りの話題に花を咲かせた後、アサシンはあることに気が付いた。
      「そういえば、さっきのあの言葉の意味はなんなんだ? えーと、とろっこあるーと」
      「……そんなんじゃなかった。『トリックオアトリート』じゃなかったか?」
      意外にも綺麗な発音で繰り返したバードに、ローグは賞賛の口笛を吹いた。
      「よく一回聞いただけで覚えられるなー。俺、覚えるのに30分かかったのに」
      「曲や歌詞なんかは一回で覚えないと二度手間だからな。つーか、それは時間かかりすぎ」
      二人を尻目にアサシンはぶつぶつとその言葉を言ってみようと努力していたが、やがて諦めた。
      ローグに向き直り、再び意味を問う。
      彼は少々困った顔をした。
      「あー……なんか、『菓子をくれやがらねえと身ぐるみはいて放り出すぞオラ』だっけ……?」
      あまりにも物騒な言葉に、アサシンとバードは顔を見合わせた。
      「……微妙」
      「それはあれか、ローグが集まる祭りかなんかか」
      「違うと思うぞ。話聞いたのモンクだったし」
      うーん、と三人がその祭りについて考え出し、にわかに場が静まった。
      と、バードの隣でがたっと大きな音がした。
      「!?」
      三人の視線が集まった先には、カートを巻き込んで後ろにひっくり返ったブラックスミスがいた。
      彼は一応三人を見返したが、とろっとした目のままカートを直し、その前に座った。
      よほど眠かったのか、再び眠りについたようだ。
      「あれ? あいつ、いたのか」
      どうやら彼の存在にすら気づいていなかったらしいローグが言うと、アサシンが反応した。
      「いたのか、ってひどいな」
      「お前が来る前からここにいた。昨夜大物の依頼こなして寝てないんだと」
      バードの言葉に頷いていたローグだったが、すぐにいたずらを思いついたような目つきになった。
      「なあなあ」
      ぐい、と隣のアサシンの服をつかむ。
      「ぐえ」
      どこがどう繋がっているのかわからないアサシンの服だが、どうもローグがつかんだ部分は首の回りに繋がっていたらしい。
      苦しそうな声を聞いて、ぱっと服を放す。
      「悪い、大丈夫か?」
      「まあ平気」
      「で、何が言いたかったんだ?」
      バードが促すと、ローグは気を取り直して話し始めた。
      「今、ゲフェンにいるピエロに話しかけると飛ばされるだろ?
       そんで、飛ばされた先で狩りしてその収集品の合計金額競わないかって話」
      収集品は魔物を倒した時に得られる彼らの一部分や何かで、町の道具商人などに売れるものだ。
      大抵の冒険者はこれを売って日々の生計を立てている。
      「へー、狩り場は運任せか。結構面白いかも」
      「だろだろ? で、ただやるだけじゃ面白くないから、負けた方は勝った奴に飯おごるってんでどうだ?」
      「おっしゃ、乗った」
      アサシンが承諾すると、ローグはバードの方にも水を向けた。
      「あんたはどうする?」
      「いや、遠慮しとく。変なとこに飛ばされるのはごめんだ」
      「あいよ。じゃあ、収集品うっぱらうのはそいつに頼むとして」
      まだ目が覚める気配もないブラックスミスを指して言う。
      「あんまり無理すんなよ。それと、人様に迷惑かけないように」
      釘を刺しておくバードにローグは苦笑いしたが、荷物の中から蝶の羽根を取りだしてアサシンに渡した。
      「時間は一時間。ここ集合な。悪いけど、あんたここで待っててくれるか?」
      「いいよ。どっちみちこいつ置いていけないしな」
      「うっし、ゲフェン行くぞー!」
      「おー!」
      二人は天高く手を振り上げ、そのままその手を開いてバードに手を振る。
      彼はひらひらと振り返してやった。
      やがて彼らが見えなくなってから、バードは軽く息を吐いた。
      そして、手元の楽器を見やる。
      「どうせ傷だらけで帰ってくるんだろうし」
      彼は軽く口元に笑みを浮かべたまま、あまり大きな音を出さないように調律を始めた。
      横で眠るブラックスミスを起こさないように、彼らが帰ってきたらその音楽で癒してやれるように。

      その場に騒がしさが戻るのは、約一時間後。



      End.




小説へ