右手に歌を、左手には嘘を


それは、嫌になるほど晴れた日のことだった。
珍しくアサシンから狩りに誘われたので、まあ行楽代わりにいいかな、と思って承諾したのが
そもそもの間違いだったのか――ひとつの転機だったのかを、俺は知らない。
平凡なバードとして生きてきた二十数年間、妙な人間かどうかも定かではないやつと過ごすはめになった
一年と少し、前者は平穏で後者はこれ以上ないほど波瀾万丈だった。
どんなものにもいつかは終わりが来るということだけは、知っていた。



「おい……おい!? 大丈夫か、生きてるか!」
一体なにが起きたのか、正直な話よくは覚えていないのだ。
狩りに疲れて、一時休憩をとっていたとき、こいつに突き飛ばされたのは覚えている。
緊急用の蝶の羽根が作動して、気が付いた時は見慣れたアルベルタに戻っていたことも。
どうにかこうにか狩り場まで戻ってきて、俺が見たのは血の海に溺れたアサシンの姿だった。
もはや原型すらとどめていない何かの魔物は、命の灯が尽きたと共にその姿をこの世界から消していく。
彼らの本来の住処に戻り、ふたたび再生の時を待つのだとか聞いたことはあったが、そんなこと今は
どうでもいいことだった。
駆け寄って声をかけて、ぞっとする。
腹の一部がごっそりとなくなって、向こう側が見えていた。
薄闇の髪にも血がこびりついて、顔色は今まで見たどんなものよりも悪かった。
そのくせ、力をなくした指先でも愛用の短剣は放していない。
一度たりともこいつのこんな姿を想像したことがなくて、それがあまりにも似合わないことだけが予想通りで、
俺は一番大きな傷口から目を背けた。
似合わないと文句を言ってやりたかった。
けれど、口を開いたらなにか違うことを言ってしまいそうで、言えなかった。
倒れていた彼の口がかすかに動いたのを見て、顔を寄せる。
大丈夫だよ、という言葉を聞きたかったのかも知れない。
しかし。

「…………あ……?」

痛くは、なかった。
切られた首から吹き出す血を、どこか他人事のように見ていた。
そして、新しい血を付着させた短剣を手に持ったまま、アサシンがうっそうと笑う。
俺が一番嫌いな笑顔だった。

「……死んでも…………永遠に」

どこかの指輪に刻まれた文句を口にして、そうしてこいつは動かなくなった。
こいつの上に倒れ込むのだけは嫌で、気力だけで横に転がる。
びしゃりとマントが血で汚れる感触がしたが、もう気にならなかった。
これは駄目だな、と脳のどこかがささやく。
この馬鹿、死ぬなら一人で死ねってんだ。きっちり俺を巻き込みやがって。
でも、こいつはそういう人間だった。わがままで自分勝手で何考えてるのかわからなくて、
自分と欲望に忠実すぎるサドで変態男だったんだ。
それでも。
死んでもこいつにだけは言ってやるまいと思っていた言葉がある。
ああそうだとも。
その、こいつの代名詞みたいな笑顔が嫌いだった。初対面の頃からずっと嫌いだった。
でもな。

それ以外は、もうほとんど好きになってたなんて、絶対に言ってやらない。
死んだって、言ってやらない。

だから俺は、生きてるうちに嘘をつく。
もう聞こえないとわかっていたって、これぐらいの意趣返しは許されるだろう。
あんたなんて。
「……嫌い、だ」
あんたなんて大嫌いだ。
本音だけど嘘でもある、思えばこの台詞すらあんたに言ったことはなかったな。
嫌いだったよ、この馬鹿。

目がかすむ。
嫌になるほど晴れた空だけを見て、最後に俺は目を閉じた。
それでも浮かんできたのは、嫌いだったあの笑顔だった。

死んでも歌えたら、いいのに。



Bad End.



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