bird kiss


バードは、ベッドの上で天井を見上げながら深くため息を吐いた。
窓からは傾き気味の太陽光が部屋に差し込んでおり、それが気分を沈ませる。
不健康にも、外ではさんさんと太陽が輝き幾人かの通行人がいたというのに、
真っ昼間からことに及んでしまったのだ。
怠惰的だと深くため息を吐く。
自分たちの『家』を手に入れてからというもの、アサシンの抑制心は溶けて消えてしまったかのようだった。
暇と体力さえあればことある事にバードを押し倒そうとする。
今のところはね除けられるのは三回に一回と、バードにとっては由々しき状態、
アサシンにとっては実に楽しい状態が続いているのである。
今、彼は水をくみに一階の台所まで下りていっている。
何でこんな事になってるんだ、とバードはあの日まで意識を飛ばした。



「……というわけで、家を買いました」
「何がどうしてそうなったのか百字以内に説明しろ」
にこにこ笑って定宿からバードを連れ出したアサシンは、道々説明をした。
曰く、最近何かと物騒である。一人で置いておくのは心配だが、自宅なら防犯装置でも何でも仕掛けられる。
そもそも確認は取ったはず……と。
「考えさせてくれ、と俺は言ったはずだが」
「もう充分かなーと思って」
引きずられながら歩くのは流石に情けないので、渋々後をついていたバードはがっくりと肩を落とす。
どうせ人の話など聞かない人種だとはわかっていたが、ここまでとは。
もう何を言っても無駄だと悟っているバードはとぼとぼと歩いていく。
宿から少し歩いたところ、アルベルタの大通りからも港からも少し離れた場所にある家の前でアサシンは立ち止まった。
民家と倉庫がちらほらと見える区域で、人通りも少なそうな静かなところだった。
アルベルタは交通の要所ではあるが、それ故人の出入りが激しくあまり人口は多くない。
ここだよ、と指し示されて、バードは値踏みするようにその敷地を見た。
港と倉庫に沢山の面積が必要となる港町では、民家は二階建てが多い。
ここもその例に漏れずそのようだった。
小さいながらも、立派に庭までついている。
しかし、バードが最も気になったのはそこではなかった。
「なあ」
「なに?」
家を眺めるバードをにこにこと眺めていたアサシンは愛しげに聞き返す。
「……あれは、なんだ」
聞きたくはないが聞かねばなるまい、とバードが指さしたのは、玄関脇に佇んでいる彫刻だった。
等身大ほどのそれは、グラストヘイムに住み着いているというガーゴイルのシルエットと似てはいるが、
造形は大分違う。鷲のくちばしに悪魔の顔、よく石像のモチーフになるあれだった。
しかしそれが動いているガーゴイルとどう違おうと、はっきりと不気味な彫像でしかなかった。
「ああ、あれねー、試作品をもらったから」
ただだよーと浮かれるアサシンの向こう側に、バードは怪しげなアルケミストの姿を垣間見た。
奴が一枚噛んでるのか、と思うとくらくらとめまいすら覚える。
「一応安全確認はしてあるけど、ほら」
ひょい、と無造作にダガーをガーゴイルに投げつけると、その彫像は目から光線を吐き出した。
アサシンの隣でバードが肩を揺らす。
必殺『目からビーム』は、ダガーを正確に焼き切ると、ちかちかと瞳の奥を光らせながらアサシンを
見たが、彼の姿を確認するとまたがしょん、と元の姿勢に戻った。
「このように、圧縮された火炎瓶の火力を光線として出して、侵入者を防ぐ」
「返してこい!」
こんな危なっかしい物を置いておけるか、とバードが怒鳴る。
「えー、よく見ると可愛いのに。それに、夜になると蛍光塗料で光るんだよ!」
「……夢に見そうだ」
確かに顔は可愛い感じに作ってあるが、洋館に置いてあってこそ映えそうな像だ。
ごく普通そうな家の玄関脇に置いてあっていいものでもない。
「わかった、保留な」
ここでうだうだ言っても始まらない、とバードは強引に会話を打ち切る。
アサシンも先のことに気を取られているのか先延ばしにした話題が自分の思い通りに決まると思っているのか、
鍵を取り出して玄関を開ける。
どうぞ、と促されてバードは家に入った。
家の中は思ったよりも明るかった。
都市的に石造りだったが、職人のこだわりでもあったのか床は全面的に木目張りである。
玄関は家の左端に寄ってあり、すぐ右横が風呂場のようだ。
正面には仕切りのようにドアがあり、開けるとソファと机が置いてある広めの部屋、右手に台所。
部屋の隅に二階への階段もあった。その上には部屋が二つ並んでいて、手前が寝室だった。
微妙に大きいサイズのベッドが一つだけ置いてあるのを目の当たりにして、くらりとめまいがしたのを
バードは故意に無視した。さっさとドアを閉じ、隣のドアを開けてみる。
部屋に入ってみて、バードはひゅっと息を呑んだ。
「おー……」
口をついて出たのは感嘆の言葉。
部屋の真ん中にゆったりとした安楽椅子があり、部屋の隅に踏み台。
しかしそれより何よりも、しっかりとした書棚にぎっしりと詰められた本の数々がバードの目を奪った。
えんじ色、紺色、深緑色、黄土色、古ぼけた背表紙の中にはその文字すら掠れているものもあったが、
ざっと見たところなかなかに面白そうな蔵書である。
小さな棚には小さな本が詰まっている。
いつの間にか部屋の真ん中まで進んで辺りを見回していたバードは、後ろにアサシンの気配を感じて振り返った。
「気に入った?」
「う、あー……まあ……」
即答できなかったのは、少しばかり腹立たしい思いがあったからだ。
何がむかつくかと言えば、自分が仄かに抱いてきた自宅というイメージに、この家のこじんまりした感じが
なんとなく重なるのがむかつくのだ。
「ああ、ここの本は前の持ち主が置いていったやつだから」
普通は書斎は一階に作るものでは無かろうか。
「ま、気に入らなくても気に入ってもらえばいいんだけどね」
たいした反対意見も見つけられないままバードが黙り込むと、アサシンは笑って、彼に触れるだけのキスを落とした。



止めときゃよかった。
ひとしきり回想を終えて、バードはここ数週間幾度と無く思ったことを繰り返した。
今から思えばあの書斎すら作戦だった気がすると、数え切れないため息をまた一つ増やす。
開けっ放しのドアからアサシンが呑気に歩いてくるのが見えたのだ。
「はい」
コップに注がれた冷たい水を受け取って、ぐっと飲み干す。
「どーも」
サイドテーブルにコップを置くと、その手を追いかけるようにアサシンが掴む。
そのまま口元に寄せて口づけた。
アサシンはこういう何気ない(と彼は思っている)触れ合いが好きなのだ。
何とはなしに嫌そうな顔をするバードには構わず、好き勝手に頬や額、唇に軽く触れていく。
バードが暑っ苦しい、と考えていることはお互いのためにも知らない方が良いだろう。
何回かついばむようなキスを繰り返し、ふと思い出したようにアサシンが言った。
「そういえば、この間読んだ本に出てたんだけど」
最近アサシンはバードにつられるように本を読み始めている。
実際はバードが書斎に篭もり気味になるのが寂しいだけなのだが。
「こういうキスを、バードキスって言うんだって」
ひたりと動きを止めたバードが頭の中でその言葉を数回反芻し、ぼっと赤くなる。
意味が違うとはわかっていても、自分の職業と同じ名前の行為を繰り返されていたと思うと照れる。
「そっ、それは鳥だろ! 発音も綴りも違うっ!」
「うん、だからそういってるけど」
何に聞こえたのかなーと、実に楽しそうにアサシンは嘯く。
「い、いや、別に……」
冷静になってみれば別にどうってことのない言葉遊びなのだが、最初に反応してしまった分バードは不利だった。
にこにこ笑顔を浮かべたまま、飽きることなくアサシンはバードキスを繰り返した。



End.







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