小さな家


「家が欲しいなあ」
俺の隣に潜り込んだアサシンは、藪から棒にそう言った。
「……冒険者が家持ってどうするんだよ、ギルド持ちでもあるまいし」
枕元のランプは消えてないから、オレンジ色がかった奴の顔はしっかり見える。
別に真剣に言ってる風でもなかったので適当に返した。
「便利じゃないか。人目気にしなくてすむし」
あんたはいつでも人目を気にしてないだろう。
「やっぱりアルベルタかな、物価は安いし人口少なめだから土地も安いし」
「そういうこと良く知ってるよなー」
このアサシンはむやみやたらと妙な雑学に詳しいのだ。
一人で買って一人で住むんなら止めないが、こいつの性格上計画の中には確実に俺の姿がある。
「毎日洗濯して掃除して料理するのは誰がやるんだよ」
宿屋住まいも経済的とは言えないが、その代わり朝起きれば食堂で朝飯が待ってるし、身の回りのもの
ぐらいは自分で洗濯するがシーツとかはおかみさんが洗ってくれる。
全部こいつに金出させてる、ってのが気に入らないが。
「交代でー」
「いや……あんたの料理はもうこりごりだ」
いつぞやのバレンタインのあれはちょっとトラウマになるかと思った。
あの後しばらくチョコ食えなかったし。
「でも、本とか楽譜とかとっておけるし」
「あ、そっか」
ということは、ちょっと覚えにくいフレーズがあって買えなかったあの曲とか古本屋で見かけた限定本なんかも
買っておいとける訳で。一度手に入った物を捨てられないから最初から買わなかったんだが、それはちょっと、
いやかなり魅力的だ。
「時間気にせずにお風呂とか入れるし?」
その点は、あんたが気をつけてくれればすむことなんだが。
でも、確かに自宅なら湧かしてさえおけば好きな時間に風呂でも水浴びでも出来るんだな……。
「うーん……」
冒険者になってから考えたこともなかったが、よく考えると自宅があるってのはかなりメリットがあるな。
「一緒に狩りに行くのも簡単になる」
「あんたと行ってもあんまりな……」
動きは参考になるのだが、如何せん実力に差がありすぎる気がする。
「その方が留守の時安心だし、お友達呼んだっていいし、遊びに行くのも止めないよ」
「マジ!?」
ということは、暇な時に監視なしで出かけたりとか、こいつ抜きで院の子どもたちに会いに行けるってことか。
ただ、なんか上手くいきすぎてる気がするんだよな。
「なあ、なんか企んでねえ?」
「……心外だなあ」
笑顔はちらとも動かなかったが、台詞の前の間は何だ。
「というか、気付かないあたりがあれだね」
外見だけは可愛らしく首を傾げてみせる。言動と外見のギャップがありすぎだ。
「何だよ」
「一応、プロポーズしてるつもりなんだけどね?」
「…………」
神経が焼き切れる空白の五秒間。
この人は、一体何語を喋っておられますか……?
「現行の体制じゃ正式に結婚とか出来ないけど、王だの神だのに認めてもらっても何の役にも立たないし」
あんたこの前神様はいると思うとかほざいてませんでしたか。
「今とあんまり変わらないけど、安心するって言うか新婚気分? みたいな」
みたいなとか言うな俺の人生なんだと思ってやがる。
「まあ形にこだわる気はないけど、とりあえず新居どうする?」
「……永久に考えさせてください」
にこやかに言われても、俺に他に何を言えと。
しかし、例え今この話を流したところで、近い将来強引に新居とやらに引っ越しさせられるような気がするのは
……気のせいであると願っていよう。



End.



小説へ