桜散る日に


薄い花びらが舞い落ちる中、バードは一人目の前の幹を見つめていた。
ルーンミッドガッツの桜は、いくらか開花の兆しが現れた後、弾くように一斉に咲き誇る。
その分散るのも早く、昨日降った雨のせいもあって花は半分ほどしか残っていなかった。
散った花の代わりに柔らかな緑の葉がすでに出ている枝もある。
風が吹くたびに自分の上に降りかかる桜を、彼は目を細めて見つめる。
昨夜の内に落ちてしまった桜は、地面に接したものから茶色に変色してしまっているが、
バードは不思議とそれを醜いとは思わなかった。
散った花は土に帰り、再び木の生長を手助けする。
現に、未だ枝に残っている花の下にはすでに、日の光を浴びることを望む葉たちがいるのだろう。
「散るために咲くのは、どんな気分なんだろう」
呟く声に返すものもなく、ただ風の音がその場を埋めていた。
落とした声が思ったよりも小さかったのにバードは苦笑する。
らしくもないという自嘲と共に、答えを手に入れている自分にも気付いていたからだ。
常に終わりに向かって歩いているのは、どんな命でも変わりない。
果たして桜が散る様は綺麗だけれども、本当に桜は潔いのだろうか。
とりとめのない思考は、男の声によって遮られた。
「なに黄昏てんだよ」
花びらが敷き詰められた上を遠慮無く歩きながら、どこか不機嫌なローグが歩いている。
風流とは無縁のローグの登場に、バードは軽く息を吐いた。
「別に」
「あのなあ、お前が桜の下にいても似合わねえんだよ」
「……桜の下に佇んでいたら死体か宝を埋めてるんだなと思われそうな君に言われたくない」
自分で言ってから、これはなかなか適切な表現だとバードは思った。
「失礼な奴」
「どっちが」
言ってやったら、むっつりとローグは黙り込んだ。
普段はいらないことまでよく喋るくせに、珍しいことだった。
「あっちに屋台が出ていた、何か食べようか」
「あ?」
やれやれと促すと、柄も悪く問い返された。
「もういいのかよ」
「何が?」
「だから……桜」
眉間にシワが寄っている。
ああ、と桜を振り仰いだバードは、軽く首を横に振った。
「向こうにも咲いてるし。多分来年も見れるだろうし」
「……そーかよ」
なぜか機嫌が悪いままのローグは、そう言うとくるりときびすを返した。
「何? 君がお花見したかったとか言わないよね?」
「んなわけあるか」
花を愛でることの知らないローグに言っても無駄だったか、とバードはその後を追いかけた。
一際強い風が吹いて、地面に落ちた桜まで巻き込んで花吹雪が起こる。
バードが横に並んだことに気が付いたローグは、髪の毛にひっかかっていた花びらを取ってやった。



End.



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