日記小ネタ2




せまりくるもの


「くっ!」
小さなうめき声を上げて年若い騎士は地面に転がった。
軽装だった故に靴も革製で、その足にはがっちりとアンクルが食い込んでいる。
二三歩先行していたローグが、その様子に気が付いて足を止める。
「アンクルか…!」
苦々しい表情でローグが吐き捨てる。彼が踵を返して戻ろうとしたところで、騎士の耳に追跡者の鋭い声が飛び込んできた。
「来るな!」
騎士は地面に伏したままローグが戻ろうとするのを止める。
「お前だけでも行ってくれ」
「そんなこと出来るか!」
「いいから行け!……犠牲は少ない方が良い」
ローグはリムーブトラップを習得していないことを悔やんで唇を噛んだ。そうこうしているうちに、ローグの耳にも足音が聞こえてくる。
罠を解除するのと追跡者たちが追いつくのとでは、どうひいき目に見ても追いついてくる方が早い。そして捕まった時のことを思い浮かべ、ローグは軽く身震いした。
「走れ、そして……戻ってこい」
最早逃げられぬと悟っているのだろう、騎士がにやりと笑みを浮かべて言う。ローグは半瞬迷い、それでも森へと視線を向けた。
「……すまん」
苦渋の表情でそう残し、彼はローグならではの素早さで木立の合間へと走り去る。少しの間赤い背中が見え隠れしていたが、姿を隠したらしくそれも見えなくなった。騎士が一安心した途端、影が差した。
数は二つ、騎士はゆっくりと後ろを振り向く。
「……どーしてエモノ用罠にあんたが引っかかるかなあ?」
呆れたような顔と声で、見かけだけは愛らしいハンターが言う。
「あらあら、いなくなったと思ったらこんな所に〜」
のんびりとした声は三つ編みに眼鏡のプリーストだ。
見覚えのある、どころか週に三日は顔を合わせるギルドメンバーの台詞に、騎士は顔を引きつらせて応える。
「い、いやあ、間違えて引っかかっちゃってさ!」
「で、もう一人は一緒じゃなかったの?」
「ああ、あいつは……ほら、えっと、精練優待券が今日までだったとかでさ、大急ぎで首都まで行ったよ!」
かなり苦しい言い訳を並べ立てるが、そんなことはどうでもいいようにハンターが手を振る。
「まあいいわ、味見は一人いれば充分だし」
「ですね〜、まさか嫌とは仰らないでしょうし〜」
ね?とにっこりとプリーストに笑いかけられてしまえば、顔に何とか笑みを作るぐらいしか騎士に道は残されていない。
アンクルスネアを解除してもらって立ち上がった彼は、表情に憂いをにじませて一つ息を吐いた。
後ろでは彼女たちが楽しそうに話している。
「今日のは自信作なのよねー、ジャック・オ・パイ!」
それはゲフェンダンジョンに住むカボチャ頭のことだろうか。
「隠し味に〜、星の砂と若芽を入れましたわ〜」
人間が食べるものではないことを自覚して頂きたい。
「さあ、行きましょう」
こんな時だけきっちりと二人揃えた声で誘ってくる。
騎士は、死への旅路のような足取りでそれに従った。
けして不器用ではないのに、新鮮さを求めてそこらに置いてある物を手当たり次第に入れてみるのが彼女たちの『料理』だ。それを食べられるものだと信じてギルメンを実験台にするのが最近の彼女らの流行で、週に二、三人のメンバーが犠牲になっている。
見事本日の生け贄となった騎士は、生きて再びローグと巡り会えることを天に願った。

おわり。








十五夜に


「綺麗な月だね」
「ああそーですね」
あんたは見てないだろうが。
「いい色だね……君の髪と同じ色だ」
「そうか?」
俺は銀色っぽい月の光の方が好きだけど。
尤も、今夜の黄金より少し薄い月の色も好きだ。檸檬色というよりは白に似た、白金のリングを嵌めたような真円の輝き。
ああ……俺って詩人なんだなあ。
「夜空って好きだなあ……ほら、月の周りに僕の色」
「あんた月が出てない方が好きだろう」
陶酔したように言うな、恐いから。あんたは暗殺者であって詩人じゃない。

ああ神様、いやいるなんてこれっぽっちも信じてないけど神様、確かにこいつの口車に乗って屋根の上に上がって月見なんて浮かれたことしてるのは俺です。
でもほら季節の移り変わりを感じるのはいいことじゃないですか。俺何も悪いことしてないんです。
ねえ神様、せめてこいつの下から抜け出せる方法を教えてください。

「なあ……月見するんだったろ」
「見てるよ? 君の目に映ってる」
「いや、見てても体勢があり得ない」
屋根の上で押し倒される男って俺ぐらいなもんじゃなかろーか。言葉通りにじっと俺の目を見つめてる男ぐらいなものだ、安定の悪い屋根の上で人を押し倒す人間は。
「だーかーらっ、こんなところで俺にちょっかいを出す前に月を愛でろっ」
妙なところへ忍び込んできた手を流石に払い落とす。あんたは俺もろとも落下したいのか。死んでも死ななくてもいい笑いものだぞ。
「愛でてるよ」
髪を一房持ち上げられる。
「君を愛でてる」
「だから俺じゃなくて月」
「月より君の方が大事だ」
楽しげに笑む、その目が三日月のようだった。
「月より、太陽より、花より、星より、他のどんなものよりも、君だけが大事だよ」
「……そういうことを恥ずかしげもなく……」
それはそれとして自然物を慈しむという気持ちはないのか。いや、こいつにそんなものがあった方が恐いかも知れない。
「というわけで君を愛そう」
「どういうわけだ!」
本気で止めて欲しい。
近所迷惑だ。
「大丈夫、お月様も見守っててくださるよ」
「月に変な期待をするな」
妙なものを見せつけられるお月さんがかわいそうだ。
何とかと煙は高いところが好きってのは本当だったんだな。
「とりあえず退かないとここから蹴り落とすぞ」
「あはは、無理無理」
ええい、なんでこいつはいちいち神経を逆撫でる言い方をするんだこの野郎。
むかついたんで本気で膝を蹴り上げてみたが、何のことはなく受け止められてしまうし。
ふと空を見たら、雲一つなかったのに、うっすらと灰色の雲が月を隠すように動いている。
……もしかして月にも見放されましたか、俺?
お月様のばかやろーと叫びたい気分になった十五夜だった。

End.








相手にわからない嘘を吐く


月の綺麗な、夜だった。
明日は、というか日付が変わっているから、もう四月一日なのだろう。
部屋の窓から月を見上げながら、今なら言えるかとアサシンに向き直った。やっぱり何が楽しいのか薄ら笑いを浮かべて、あいつは俺を見ている。
たいしたことじゃない、と自分に言い聞かせる。
このアサシンが意味を介するとは思えないし、よしんば知っていたとしても嘘だ、と笑い飛ばしてやればいい。
「……月が綺麗だな」
よし、言ったぞ。
アサシンはきょとんとして、首を傾げた。
「そうだね?」
やっぱり意味はわからなかったようだと、安堵する。
ある本に載っていた、昔の文豪が発した言葉。
彼は、愛しているということを示す言葉に、月が綺麗だという文を選んだのだという。
目の前のアサシンには、もう一人が言った言葉の方が似合うだろう。
『あなたのためなら、死んでもいい』
そう思ってから、首を振って自分の考えを打ち消した。
こいつには似合わない。
『あなたを失うぐらいなら、殺したほうがいい』
だろうな、うん。
それはそれは物騒な愛だった。
厄介だな、とため息を吐く。
何が厄介って、このアサシン自体が厄介なのだが、自分の命惜しさに逃げることができない自分が一番厄介なのだ。
本当に嫌味なほど、その日の月は綺麗だった。









ラプンツェル間違い探し


ある森の奥に、天まで届きそうな塔が建っていました。
塔には最上階以外に窓はなく、入り口すらありません。
そこには名前を呼ばれることのない青年と、魔法使いが二人で住んでおりました。青年は、赤ん坊の頃に彼の母親が魔法使いの家庭菜園にあったラプンツェルという野菜を食べてしまったためその代わりにと魔法使いに育てられたのです。
大きくなってからその話を聞いて、ずいぶん安いんだなという感想は抱いたようですが、小さな頃から魔法使いの偏愛を受けて育った彼はすっかり諦めが早くなっていました。
幸い彼はとても音楽が好きだったので、魔法使いからもらった楽器や楽譜を相手に、日がな一日歌を歌ったりして過ごし、別に不満はありませんでした。

一方町では、森にある高い塔やそこから聞こえてくる妙なる調べなどのことが噂になっていました。そこで、物好きなシーフがたった一人で問題の塔まで向かったのです。本当は友人や憧れのお姉様にも声をかけたのですが、馬鹿にされてついてきてくれなかったので。
シーフが問題の塔まで辿り着くと、そこには黒に近い紫の服を着た魔法使いがいました。塔の中にキッチンはあるものの、食材などは塔から降りなければ手に入らないので、彼の背にはかごが見えます。
シーフが木の陰からじっと様子を窺っていると(近づいてはいけないと本能で察したようです)、おもむろに魔法使いは両腕を振り上げました。
彼の行動を見て、シーフの目は真ん丸に開かれました。ごしごしと目を拭ってみても、見えるものは変わりません。
魔法使いは、塔の壁面のかすかな出っぱりを利用して垂直の壁を上っていたのです。
なんて素晴らしいロッククライマーでしょう。
とりあえずシーフは気勢をそがれ、何か登る手だてを見つけようとふらふらした足取りで町に帰っていくのでした。

翌々日、シーフは魔法使いが出て行くのを見計らって塔の裏手に立っていました。ちなみに魔法使いは降りる時に壁を走って降りてきましたから、少なくとも人間ではないのでしょう。
彼は背中にいっぱい背負った槍の穂先を塔の壁に突き刺しました。その槍を足場に、どんどん槍を刺して登っていきます。充分に彼も人間離れしています。
槍は友人の剣士から廃棄になるものを頼み込んでもらってきました。
さてなんとか登りきり窓から顔を出すと、そこには楽器を構えた青年がぎょっとした顔をしていました。
「あ、こんちはー」
適当な笑顔で挨拶をしたシーフに、彼も適当に応えます。流石に落ちそうだったので、シーフは断りもなく部屋の中に転がり込みました。
「やーどーもどーも」
「……どうも」
青年の顔には少し不審な色が浮かんでいますが、どっかの魔法使いに比べればマシな方だと判断したのか、とりあえずコミュニケーションをとってみることにしたようです。
「えーと、どちらさん?」
「あ、俺ね、この下の町で冒険者やってんだー」
当たり障りのない会話からはじまり、二人は色々なことを話しました。興味深くお互いの話に耳を傾けていた彼らですが、やはり青年が最も関心があるのは音楽のことです。
「そうか、世界にはいっぱい歌があるのかー…」
「おう、冒険者しか歌えない歌とかもあるんだぜ」
「なにっ!?」
聞けば聞くほど世界は広く、冒険者とかいうものも面白そうです。青年は世界の歌を極めたいと思いました。諸々の事情で、体力にはちょっとばかり自信があります。
「いいなあ……」
「なにが?」
死角から聞こえてきた声に二人はぎょっとして振り向きます。予想違わず、にこやかな笑みを浮かべた魔法使いが佇んでいます。
「あ、お、お邪魔してまーす……」
「不法侵入」
引きつった笑みを浮かべたシーフは、軽く持ち上げられて窓の外に捨てられてしまいました。
「あっ!」
初めてまともな話し相手になってくれた人間の末路を追うかのようにバードは窓に駆け寄ります。するとそこで見たものは――
今にも地面が近づいていたシーフの下で、赤い頭巾をかぶったウィザードが二足歩行の狼に向かってロードオブヴァーミリオンをぶっ放すシーンでした。その爆風に乗ってシーフの体は落下の勢いを減じ、ブラックスミスのお姉さんのカートの上に落ちました。お姉さんは『世話かけさせて』などとぶつぶつ呟きながら森の向こうへ消えていきました。
とりあえず生きていることを確認した青年はほっと一息吐くと、文句を言おうと魔法使いに向き直りました。しかし、当の魔法使いは笑ってはいましたが、目がちっとも笑っていません。
「……で? あんな人を引きずり込んでなにしてたのかな?」
「話してただけだ、第一こんなとこに人を引きずり込めるわけがってちょっと待て人の話を聞けーっ!」
暗転。

なんだか心底ここにいるのが嫌になった青年は、ついに魔法使いにここから出たいと言いました。
「俺は冒険者になって世界を回るんだ」
「うんいいよー」
「へ」
あっさりと返ってきた答えに戸惑いを隠しきれません。ありえねえ、という心の叫びだけがぐるぐると回ります。
「一応僕の本職だしね」
「え、あんた魔法使いじゃなかったのか?」
「それは僕の名前。職業はアサシン」
正確に言うなら名前も聞き間違えていますが。
にっこり、と魔法使いもといアサシンは悪魔の笑顔を浮かべます。
「手取り足取り腰取り仕込んであげるね」
「やっぱりこういうオチかって待て早まるな!」

結局、逃げられないらしいです。
合掌。


おしまい。

CAST:ラプンツェル…バード
   魔法使い(魔女?)…アサシン
   王子…シーフ



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