せまりくるもの
「くっ!」
小さなうめき声を上げて年若い騎士は地面に転がった。
軽装だった故に靴も革製で、その足にはがっちりとアンクルが食い込んでいる。
二三歩先行していたローグが、その様子に気が付いて足を止める。
「アンクルか…!」
苦々しい表情でローグが吐き捨てる。彼が踵を返して戻ろうとしたところで、騎士の耳に追跡者の鋭い声が飛び込んできた。
「来るな!」
騎士は地面に伏したままローグが戻ろうとするのを止める。
「お前だけでも行ってくれ」
「そんなこと出来るか!」
「いいから行け!……犠牲は少ない方が良い」
ローグはリムーブトラップを習得していないことを悔やんで唇を噛んだ。そうこうしているうちに、ローグの耳にも足音が聞こえてくる。
罠を解除するのと追跡者たちが追いつくのとでは、どうひいき目に見ても追いついてくる方が早い。そして捕まった時のことを思い浮かべ、ローグは軽く身震いした。
「走れ、そして……戻ってこい」
最早逃げられぬと悟っているのだろう、騎士がにやりと笑みを浮かべて言う。ローグは半瞬迷い、それでも森へと視線を向けた。
「……すまん」
苦渋の表情でそう残し、彼はローグならではの素早さで木立の合間へと走り去る。少しの間赤い背中が見え隠れしていたが、姿を隠したらしくそれも見えなくなった。騎士が一安心した途端、影が差した。
数は二つ、騎士はゆっくりと後ろを振り向く。
「……どーしてエモノ用罠にあんたが引っかかるかなあ?」
呆れたような顔と声で、見かけだけは愛らしいハンターが言う。
「あらあら、いなくなったと思ったらこんな所に〜」
のんびりとした声は三つ編みに眼鏡のプリーストだ。
見覚えのある、どころか週に三日は顔を合わせるギルドメンバーの台詞に、騎士は顔を引きつらせて応える。
「い、いやあ、間違えて引っかかっちゃってさ!」
「で、もう一人は一緒じゃなかったの?」
「ああ、あいつは……ほら、えっと、精練優待券が今日までだったとかでさ、大急ぎで首都まで行ったよ!」
かなり苦しい言い訳を並べ立てるが、そんなことはどうでもいいようにハンターが手を振る。
「まあいいわ、味見は一人いれば充分だし」
「ですね〜、まさか嫌とは仰らないでしょうし〜」
ね?とにっこりとプリーストに笑いかけられてしまえば、顔に何とか笑みを作るぐらいしか騎士に道は残されていない。
アンクルスネアを解除してもらって立ち上がった彼は、表情に憂いをにじませて一つ息を吐いた。
後ろでは彼女たちが楽しそうに話している。
「今日のは自信作なのよねー、ジャック・オ・パイ!」
それはゲフェンダンジョンに住むカボチャ頭のことだろうか。
「隠し味に〜、星の砂と若芽を入れましたわ〜」
人間が食べるものではないことを自覚して頂きたい。
「さあ、行きましょう」
こんな時だけきっちりと二人揃えた声で誘ってくる。
騎士は、死への旅路のような足取りでそれに従った。
けして不器用ではないのに、新鮮さを求めてそこらに置いてある物を手当たり次第に入れてみるのが彼女たちの『料理』だ。それを食べられるものだと信じてギルメンを実験台にするのが最近の彼女らの流行で、週に二、三人のメンバーが犠牲になっている。
見事本日の生け贄となった騎士は、生きて再びローグと巡り会えることを天に願った。
おわり。
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