それぞれのバレンタイン



朴念仁モンクと騎士さん


 彼の手によって練られた気が、青白い塊となって周囲を漂う。
 的と定めた相手を見据えながら、モンクは声を張り上げた。
 「俺の拳が真っ赤に燃える……悪を倒せと轟き叫ぶ!」
 瞬時に爆裂した気を瞬間的に溜めるように右半身を引き、彼は最大の奥義を放った。
 「必・殺! 阿修羅鳳凰拳!!」
 気力体力共を最大限に費やした一撃は、狙い違わず藁人形を打ち砕いた。
 その様を満足げに見下ろしたモンクはどこか爽やかに額の汗を拭う。
 別に口上など無くても良いのだが、気分というものである。
 彼が鍛錬をしていた広場は土がむきだしで、見通しが良く作られている。
 そこに、一人の女性がおずおずとやってきた。
 「練習、終わったの?」
 騎士の証である服に身を包みながら、珍しく武器は何も持っていない。
 その代わり、背中に回された包みからは甘い香りが漂っている。
 「うむ、本日もいい汗をかいた!」
 モンクは彼女の様子が常とどこか違うことになど気づきもせず、自分の成果に満足している。
 「そ、そう。あのね、これ……」
 決心が鈍らないうちに、騎士は少しラッピングが歪んでいるそれを差し出した。
 頬が少し赤らんでいる。
 「その、チョコレート、なんだけどね」
 「チョコレート?」
 モンクは訝しげに眉をひそめた。
 「俺にそれをくれようというのか?」
 「う、うん、そう」
 「悪いが、遠慮する」
 あっさりと言ってのけたモンクの言葉に、騎士は固まった。
 「チョコレートというものは糖分が多いのはいいが、脂質が多すぎる。俺の芸術的肉体の妨げになるのでな」
 本日の日付も知らないモンクは残酷なほどにきっぱりと語る。
 しかし、俯いて微かに震えている騎士の耳には半分ほども入っていなかった。
 「こ……」
 きっ、とモンクを睨みつける顔は、かわいそうなほど真っ赤に染まっていた。
 「このばかっ!! 鈍感っ!」
 そう叫ぶと、そのまま包みをモンクに投げつけて走り去ってしまった。
 「…………?」
 何が何だかわからないモンクが地面に落ちてしまった包みを拾ってみると、挟んであったカードには小さく
 ハッピーバレンタイン、と騎士の筆跡で書いてあった。
 「ばらんたいん……?」
 風吹く広場の真ん中で首を傾げるモンクが、話を聞きつけたギルメンに殴られた上で説明され
 慌てて騎士に謝りに行くまで、後20分。






プリースト様とアサシンくん


 「今日はバレンタインね」
 夜、皆が各々の部屋に引っ込んでから、プリーストはおもむろに切り出した。
 「あ、うんっ、そうだね!」
 応対するアサシンの目には期待の色がうかがえるが、どこかに怯えが感じられる。
 「チョコ、みんなで作ったのよ。もちろん、貴方の分は特別に」
 するりとガーターベルトに挟んでいたチョコレートを取り出す。
 惜しげもなく晒された白い足にアサシンは一瞬見とれるが、
プリーストの視線に気が付いて慌てて目を逸らした。
 「ありがとう、嬉しいなあ……?」
 当然手渡してくれるものと思って手を伸ばすが、プリーストはそれを弄んでおり、
 アサシンの手に載せてくれることはなかった。
 その代わり、きらりと猛禽類のような目を見せる。
 反射的に後ずさったアサシンの後を追うように、彼女は手に持っていたチョコレートを床にたたきつけた。
 ぎょっと目を見開くアサシンに、最大級の笑顔で応えたプリーストは、こう宣った。
 「這いつくばってお拾いなさい?」
 「え、や、その、いくらなんでも」
 「あら……」
 動揺するアサシンを、彼女は一言で切って捨てた。
 「私のチョコが欲しくない、とでも?」
 その時のアサシンを誰かが見ていたならば、鷹に睨まれたネズミのようだったと証言するだろう。
 彼はまともに逡巡する時間すら与えられず、ちょっぴり泣きながら返事をした。
 「あ、ありがたく頂きます……!」
 「良い子ね」
 うっすらと紅をさした唇が、悦びを感じて優雅に歪む。
 夜はまだ始まったばかりであった。






ウィザードさんとハンターさん


 「あ、こっちこっち」
 壁に背を預けていたハンターは、向こうから歩いてくる待ち人の姿を見つけて手を振った。
 ミニグラスをかけた横顔がどこか知的なウィザードは、微笑を浮かべながらそれに応える。
 「お待たせ」
 「いいよ、こっちから呼び出したんだし」
 ウィザードは、自分も用があったという言葉を飲み込んだ。
 相手の用事も見当が付いていたからだ。
 「えーっと、たいしたことじゃないんだけどさ」
 どこかぎこちない笑みを浮かべて言葉を探すハンターを、ウィザードは微笑ましげに見守る。
 出会ってから何回目かのイベントなのに、ハンターの反応はいつでも新鮮だ。
 「うんとね、今日バレンタインだから」
 はいっ、と元気よく手作りチョコを差し出した。
 「ありがとう」
 特に驚くこともなく受け取ってみせたウィザードを、ハンターは少し不満げに見る。
 「なんだ、わかってたの?」
 「今日呼び出されれば、さすがにね。それに」
 マントの下にこっそり持っていた、チョコレートドリンクを取り出して笑顔を深める。
 「私もあなたに渡したかったの」
 甘い飲み物を手渡されて、ハンターが少し目を逸らして、ありがとうと小さく呟く。
 ほんのり染まった赤い頬が愛おしい、とウィザードはこっそり思った。





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