修道士と剣士の場合
宿の一室の床に座り込みながら、剣士は剣の手入れをしていた。
口からは少々音程がずれたクリスマスソングが漏れている。
アコライトは部屋の隅の机に向かい、つまらなさそうに白い紙を埋めていく。
手に握られたペンには、洒落た金字で彼自身の名前が刻んであった。
ふと窓の外を見てみれば、向かいの宿の客がケーキを食べている。
大方昨夜の売れ残りだろうと推測して、再び視線を書面に戻す。
気をつけてはいたのだが、ついついため息が出た。
ひょいと顔を上げた剣士に見られているのを感じて、アコライトは椅子を引いて振り返った。
「あ、終わりました?」
最後の一拭きを終えた剣を鞘に収めて聞いてくる剣士に彼は首を振った。
「ゴールが見えないね」
昨日剣士にもらったペンの書き心地は良いのだが、いかんせん机に積まれた紙は多かった。
クリスマスシーズンは教会の催し物が多いため、どうでもいいような雑事だの神の言葉の清書だのの仕事が冒険者たちにまで回ってくることがある。無論普段から教会に近づかない彼はこんな仕事をする気はなかったのだが、友人とも言いたくない同期の友人にいきなり押しつけられたのだった。
何故にどこそこの犬のタマが教会裏でゴミを漁っていたとかいうくだらない報告をわざわざ清書するのかはわからないが、組織とは得てしてそういうものだ。
クリスマスが終わってから持ち込んだのは彼女なりの配慮だったかも知れないが、期限が迫っている辺り嫌がらせかも知れない。
正直、アコライトの機嫌はかなり悪かった。
「神様っていると思うー?」
だからだろうか、ため息をもう一度つきながらそんな質問をしたのは。
神父だか院長だかの神が神がと声高に叫ぶ演説の原稿清書が嫌になっただけかも知れない。
「へ?」
剣士がきょとんとした顔で首を傾げる。
目の前の人間の職業はアコライトだったはずだが、彼はそのことには触れず答えを返した。
「そりゃあ、いらっしゃるんじゃないでしょうか」
きちんと敬語な辺りが彼らしい。
「クリスマスにぐらい降臨してみせればいいのに」
暗に否定してみせると、眉根を寄せて何か言葉を探しているようだった。
「え、でも、この時期はお仕事で忙しいんでは?」
その答えは予想外で、不意を突かれてアコライトは言葉を失った。
剣士は寝ていたデザートウルフの子を撫でながら考え考え言葉を紡いでいく。
「年末だから、今年の反省とか来年の予定を考えたり、懺悔を聞かれたり、みんなで話し合ったりしてらっしゃいますよ、きっと」
心の底からそう思ってるんだろうな、と思うと何も言えなかった。
子どもの持つ観念であるようでいて、どこか現実的だ。
懺悔は聞いてないと思うけど、ということを喋るのは止めておいた。
「うん、そうかもね」
無難に頷いておくと、彼から逆に聞き返された。
「神様はいると思いますか?」
いたずらっ子のように笑った彼の瞳はきらきらと輝いている。
変わらないなあと感想を抱いてから、アコライトもまた笑顔を見せる。
「君がそう言うのなら、いてもいいかなと思うよ」
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