日記小ネタ



名前(アコ剣士)

 「…………ぽち?」
 「はい。かわいいでしょう」
 半ば呆然とアコライトが聞き返すと、剣士は自信たっぷりに胸を張った。
 その腕の中には、子犬にしか見えないペットが抱かれている。
 「何か、あんまり聞かない名前じゃない?」
 「えっと、海の向こうの島国ではポピュラーな犬の名前なんですって」
 いや、一応それは狼なんだけど、と言いかけて止める。
 自分自身、デザートウルフの子が狼に見えることなど珍しい。
 しかし彼は、剣士が海の向こうの国について妙に詳しいのは気にならないのだろうか。
 尤も、自らに謎が多いアコライトはそんなこと気にならないに違いない。
 「もうちょっと他の名前は……」
 戸惑いながらも彼が口に出すと、剣士はがっかりした顔になった。
 「……気に入りませんか?」
 無意識なのだろう、ぽち(仮名)の両耳の間に顎をのせて
 上目遣いでアコライトの目をじっと見つめてくる。
 子狼の方も、彼とはちょっと違った目でこちらを見ている。
 一瞬軽くめまいを感じた。
 「うん、いいよ、それで……」
 疲れたように額を抑えながら言うと、剣士はぱあっと表情を明るくした。
 ぽち(決定)と目線を交わし、楽しそうに笑う。
 その光景を見てため息を吐く、一人と一匹の飼い主であった。

 「……何であんな名前がいいんだろう」

 ぼそりと呟いた言葉は、やはり彼らには聞こえていないようだった。






暑さ知らず(アコ剣士)


 「暑い……」
 力なくへたりこみ、ぽつりと剣士は漏らした。
 その傍らに座りながら、アコライトは笑顔を絶やさない。
 「……暑くないんですか?」
 思えば冬でも平気な顔をしていたな、と剣士は思い出した。
 そういえば彼が暑がる様子など見たことがないような気がする。
 口では暑いと言ったこともあるが、実際全く暑そうには見えなかった。
 「心頭滅却すれば火もまた涼し、ってね」
 「シントウ?」
 「まあ、気合いをいれれば何とかなるって意味かな」
 「へえ……」
 大まかなところは間違っていないように聞こえるが、何となく意味が違うのではなかろうか。
 しかし剣士は素直に納得してしまう。
 「いつかぼくも平気になれますかね?」
 「さあ……」
 その質問にはアコライトは答えず、ただ曖昧ににごしただけだった。






額(デコプリ&剣士)


 「おい、下僕」
 「……何すか」
 プリーストがこっちへ来いと言うように手招きするので、
 下僕と呼ばれた剣士は渋々ながらもそちらへと歩いていった。
 はっきり言って、このプリーストが満面の笑みを浮かべている時はろくな事がない。
 「ちょっとだけ、な?」
 すっと両手が首の後ろへ回る。
 徐々に近づいていく顔に焦り、その腕から剣士が逃れようとした瞬間。
 ごすっ。

 ――と、鈍い音がした。

 「〜〜〜〜っ!!」
 力いっぱいプリーストに頭突きされ、剣士は額を抑えてその場にしゃがみ込んだ。
 凄まじく痛かったらしく、ちょっと涙目になっている。
 「っの、石頭!」
 「は、軟弱者めが」
 自分とてまるきりノーダメージというわけでもないだろうに、
 腰に手をあてて異様に偉そうにしている。
 面の皮が厚いんだ、と剣士は思った。
 「デコが広いだけだろーに…」
 ぶつくさと漏らした台詞は、しかしプリーストの耳にばっちり入っていた。
 「ほーお……」
 後ろから聞こえてきた低い声に、剣士は身を強ばらせた。
 おそるおそる振り返ると、目が恐かった。
 ぱん、っと自分の手のひらに拳を打ち付けている。
 「え、あ、その、えっと、」
 「覚悟は、出来てるんだろーな……?」
 地獄の底を這いずるような声は、さらに恐かった。
 「いやあのちょっ?!」

 ――数秒後。
 首都の町はずれに、絶叫が響きわたった。






バード&剣士

 草原に寝っ転がったまま、俺は空を見ていた。
 別に人を待ってるわけでも用があるわけでもないが、なんとなく起き上がって
 どこかへ行くのが億劫だったってだけで。
 そいつとよく喋ってた場所だってのにも、しばらく気づかなかった。

 「よっ」
 突然視界に入り込んできたバードが軽く俺に手を上げる。
 当然立ったまま俺のことを覗き込んでいる構図なわけで、
 重力に従ってポニーテールにくくった金髪が垂れている。
 格好こそ見慣れないが、その顔は間違いなくアーチャーだった友人で。
 「……よお」
 遅ればせながらも挨拶を返して、腹筋の要領で上半身を起こす。
 そいつも、よくやっていたように俺の隣に腰を下ろした。
 「どーだ、お前より先に転職してやったぞ」
 偉そうに胸を張る姿は全く変わっていない。
 中身はあの時のままらしい。
 いきなり『次に会う時は転職しててやる!』と言って走り去った時のまま。
 それにしたって、転職する時に連絡ぐらいよこしてもよさそうなもんだが。
 「ああ、良かったな。で、その職業……」
 「ん?」
 何でも聞いてみろと言わんばかりの顔を向けてくる。
 まあ、これぐらいお返しした所で罰は当たるまい。
 「大道芸人だったか」
 がくっ!と奴が肩を落とす。相変わらずリアクションが激しい奴だ。
 「んな…大道芸人と吟遊詩人を一緒にすんな! おれはバードなんだ、バード!」
 「……道ばたで芸をやって金を稼ぐ職業じゃなかったのか」
 「お前、全国のバードの皆さんにはたかれるぞ……」
 はああとわざとらしいため息を吐いてから、そいつはいきなり輝かんばかりの笑顔を向けてきた。
 どうした、何か悪いもんでも食ったのか。
 「でも、やっぱり全然変わってねーな」
 そんなことの何が嬉しいというのだろう。やっぱりこいつはわけがわからない。
 「お前もな。いや、むしろ訳がわからない度が増したか」
 「何だよ、ひっでーな」
 口ではむくれた風に言いながらも、顔はどこか嬉しそうだ。俺と話していて一体何が楽しいんだ?
 「そういや、何で転職してねーの」
 聞かれて、一瞬答えが出てこなかった自分が情けない。
 確かに上を目指せる力量が自分にはないだけだが、何故力をつけようとしなかったのか。
 「さあ……なんとなく、張り合いが無くてな」
 奴がぎょっと目を見開いた。そう驚かれるほど、少し前の自分は修行に熱心だっただろうか。
 なんとなく、ぼんやりと霧がかかったようで思い出せない。
 そいつは少し困ったようにがしがしと頭を掻くと、俺の腕を取って半ば強引に立たせた。
 「何だ」
 腕をひっつかんだまま、真剣な色の混じった目で俺を見ている。
 振り払っても良いのだが、なぜかそれをする気になれなかった。
 「あのさあ、おれまだ転職したてで、楽器の使い方に慣れてないわけ」
 楽器に慣れていないバードで良いのか、と突っ込むのよりも奴の言葉の方が早かった。
 「だから、おれの狩りにつきあって」
 そう言われて、唐突にああ負けた、と思った。
 何に負けたかは定かではないが、そういえば前も良く無理矢理な理由で
 狩りにつきあわされたなと思い出す。
 理由なんて、それだけで十分なのだ。
 「……わかった、そういうことならつきあおう」
 「え、マジ!? やった、ありがと!」
 途端に喜ぶ奴を見て、もしかしたら喜んだり
 礼を言わなければならないのは自分ではないのかと思い始めた。
 「ありがとうな」
 まあたまにはいいかと素直に礼を言うと、失礼なことに奴は固まった。
 何だ、そんなに俺が礼を言うのが気にくわないのか、こいつ。
 少し気分を害したので、そいつには構わないで一人で歩き出す。
 背中から、慌てたように自分を呼ぶ声が聞こえる。

 原点回帰、たまにはこんな日も悪くない。






眼鏡アルケミ→ウィズ・CMネタ


 「君が二番目に欲しいものをプレゼントしよう」
 芝居がかった仕草で、アルケミストが隣に座る男性に言った。
 その顔にかけられた眼鏡がきらりと光る。
 「……何で二番目なんだ」
 ぶっきらぼうにウィザードは言い捨て、手に持った小さなグラスに口を付けた。
 「ふっ……そんなことは決まっている」
 効果たっぷりに(と本人は思いこんでいる)濃い金色の髪をかき上げる。
 ちらりと流した目線の先に、未だ憮然としている思い人の姿。
 「君が一番欲しいものはこの僕以外にありえないからさ!」
 その両手さえ広げて彼は声を張り上げる。
 「阿呆」
 がらあきのみぞおちに、ウィザードの鋭い蹴りがめり込んだ。
 椅子から転げ落ちたあげく声も出せずに腹を抱えて悶絶するアルケミストを冷たく見下ろして、
 彼は静かに言う。
 「私の欲しいものは、1に金2に金3に金、4、5も同じく6に金だ。
 その下は知的好奇心を満たすもので占められている」
 「うう……そんな即物的な……」
 いっそ目に涙さえ浮かべてアルケミストはウィザードを見上げた。
 「……まあ、100番台ぐらいにならいれてやらんでもない」
 「へ?」
 小さく呟かれた言葉はアルケミストにはよく聞こえなかったらしく、
 思わず彼はウィザードの横顔をまじまじと見た。
 その頬がほんのり赤く染まっていたのは酒のせいだけではない、と思いたかった。
 「…………!」
 感動に、みるみるうちにアルケミストの顔が喜色に染まっていく。
 あの、難攻不落の彼が! 初めて自分の前で照れている!?
 はっきり言って天にも昇る気持ちだった。そしてそれならば、あわよくばその先を見たいと思うのは
 研究者でなくても生じる男心だ。
 「愛してるよ!」
 抱きつこうとした一歩手前、彼の足を止めたのはウィザードがその手に持つ鋭い刃の輝きだった。
 完全に目が据わっている。
 「騒ぐな馬鹿者」
 自分が彼を椅子から蹴り落としたことは『騒いだ』範囲には入らないらしい。
 「……はい……」
 おとなしく元の席に戻り、うなだれて座る。
 一人前を見てちびちびと酒を飲むウィザードの姿を眺めながら、まあ今はこれでいいかと
 アルケミストは安堵とも疲労ともつかないため息を漏らしたのだった。






逆毛で双子なシーフ&剣士


 鮮やかな赤い髪を逆立てたシーフが、座り込んだままなにやら丸い物を磨いていた。
 はあっと息を吹きかけてから薄汚れた布で拭き取ると、曇りが消えて表面がつややかな光を帯びる。
 にんまりと満足そうに笑いながらそれを見ていると、突然後ろから声がかかった。
 「なにやってるんだ?」
 「どうわっ!?」
 慌てて振り返ったシーフは布と共にそれを後ろに隠したが、相手にはしっかり見られていたようだった。
 知らない顔ではない。むしろ、見慣れて飽きてしまった顔がそこにはあった。
 相手の髪の色が落ち着いた藍であることと剣士の姿をしていることを除けば、
 二人はほとんど似通った造形をしていた。逆立てた髪、目鼻立ち、必要以上に悪い目つきまで。
 「……顔に似合わないことをしているな」
 呆れたように発せられた声にもほとんど違いはない。
 「ほっとけ」
 お前も同じ顔だろーが、という言葉は胸の中に飲み込んでおく。
 幼いころから幾度も繰り返されたことをまたほじくるのは面倒らしい。
 剣士の視線の先には、もはや隠すことを諦めたシーフの手の中にあるアクアマリンがあった。
 少し先っちょがとんがった宝石は透明感があって美しい。
 「売らないのか」
 「俺はそこまで金の亡者じゃないんでね」
 「おれがそうだ、と言いたいような口振りだな」
 「そう言ってんだよ」
 ばちり、と両者の間に一瞬火花が散り、すぐに視線は外された。
 今度は剣士の方が不毛な争いを避けたのだ。
 「誰かにもらったのか?」
 「ちげーよ。マーリン叩いたら出てきたんで、売るのもったいねーから持ってるだけ」
 「貧乏性だな」
 「やかましい」
 そこまで話してようやく、剣士はシーフが全身に傷を負っていることに気がついた。
 小さな切り傷はもとより、太股に大きな傷が走っている。
 「……応急手当ぐらいしろ」
 上手く手で隠していたつもりだったシーフは、傷を見つけられて少しだけ苦い表情を作った。
 「する気力もなかったんだよ、牛乳使うのももったいねーし」
 凶暴な魔物がいるところを避けて座り込み、体力の回復を図ろうとしていたのだろう。
 彼のように敵の攻撃を避ける技術に長けたシーフが怪我をしたまま歩き回るのは危険きわまりない。
 やれやれと息を吐いて、剣士はシーフの隣に一人分ほどの隙間を空けて座った。怪訝そうな目で
 シーフが睨んでくる、もとい目つきが悪いのでじっと見ているだけでも睨んでいるように見える。
 「しょうがないから狩りにつきあってやろう」
 「んなっ、何言ってんだよ、俺がお前につきあってやるの間違いだろ!」
 「その怪我で何を言うか」
 じろりと(今度は間違いなしに)睨まれてシーフは言葉に詰まる。
 「まあがんばって今すぐ治せ」
 「できるかんなこと」
 「おれは出来るぞ?」
 「剣士と一緒にすんじゃねーよ」
 ぽんぽんと会話をしながら、多少元気が出てきたらしいシーフが応急処置を始めるのに
 そう時間はかからなかった。




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