彼らの明日
夢を見たのは、ずっと昔。
いつか叶う日が来るのだろうか。
木によりかかった剣士が、手にした本を読んでいた。
本といっても薄めの、布教のために教会が出版している小冊子だったが。
軽く息を吐いて顔を上げたところで、彼は顔見知りのシーフの姿を認めた。
剣士がここにいることはわかっているらしく、脇目もふらずまっすぐにこちらに駆けてくる。
何か急ぎの用でもあるのだろうと剣士は本を閉じる。
割合すぐにシーフは彼の元へ到着した。
「よう。何かあったか?」
手を上げると、息を整えていたシーフも同じように手を上げてよこす。
「あ、あのさあ、さっき案内要員さんに聞いたんだけど」
膝に手をついて身をかがめていたシーフは汗を拭った。
「来月の頭に、クルセイダーの募集が始まるって!」
「え」
自分のことのように嬉しげなシーフとは裏腹に、剣士は驚いた顔のまま一瞬固まった。
「……マヂ?」
「激まぢです奥様」
「奥様はいらん」
クルセイダー。
剣士としての修練を積んだ者のみがつける、王国と教会の護り手だ。
10年以上前に突然王国が募集を打ち切ったため、今となってはごく少数の貴族のみがその職に就いている。
ところが半年あまり前に、そのクルセイダーが冒険者の職業として認められるかも知れないという噂が立った。
その噂は信憑性が高く、また王もそのようにする準備はできているという声明を発表するなど、冒険者たちの期待は高まった。
しかし、幾度も募集するという知らせがあっては駄目になり、諦めた者も多くなってきたのが最近の実状だった。
その正式発表があったのだから、クルセイダーを目指す剣士が嬉しくないわけはない。
「そうか……ようやく」
ぽつりと漏らしたその声にも、隠しきれない感慨が混じっていた。
「おう、良かったよな!」
シーフの方も実に嬉しそうだったが、少しばかり寂しげでもあった。
それに気が付いて、剣士が改めてシーフの顔を見る。
「お前の方はどうなんだ?」
そう言われて、シーフの顔がわかりやすく曇った。
「さあ……まだ、わかんねーや」
そんな顔をされれば言われなくてもわかったが、やはり本人の口から聞くと辛いものがある。
剣士は、その質問をしたことを少し後悔した。
「でも、諦める気ないし。いつかここの王様もわかってくれるさ」
「その、ローグとやらに会ったのは故郷でだったか?」
「ああ。共和国でな」
共和国とは、ルーンミッドガッツ王国の隣に位置する国だが、同盟を結んでいるとはいえ今まで交流が少なかった。
しかし、こちらの王国では冒険者の働きが国に認められ支援を受けることが出来るため、共和国からも
冒険者として力をつけたい者がこの国で試験を受けるのだ。
ここにいるシーフもそのような冒険者の一人だった。
「その人、おれがまだ小さいころにさ、スリにすられた財布を取り返してくれたんだ」
なかなか間抜けな話である。
「赤い服着て、冒険者だって言ってたから、あんな風になろうと思って……この国に来たらそんな服装の冒険者いねえし」
今のところ冒険者として認められている職業は見習いも含め13。
その服を着た男の職業はローグだったが、それはこの国で認められた冒険者の職ではない。
「まだシーフから転職できるとわかっただけマシだっただろ」
「うん、そうだな。下手すりゃ一生ノービスだったかもしれないし」
一生ノービスのままというのも生き方の一つではあるが。
「それに、今回のクルセイダーと同時期に認められるかも知れないぞ」
「え?」
「ローグギルドの設立が始まってるって話だ」
彼にとっては初耳だったらしく、シーフの目が真ん丸になる。
「他にも認可を求める職業があるというし。あの王だったら、一度にまとめてやると思わないか?」
「あ……そっか」
ぼうっとした顔で一度頷き、それから彼は少し照れくさそうに笑った。
「そうなったら、いいな」
「あんまり期待するなよ」
『王国の言うことを信じるな』というのが冒険者たちの合い言葉である。
「まあいいさ、今までとあんま変わんないし。あー、でもお前は変わるか」
ずっと立っていたことを今さらながら思い出したらしく、木の根本に腰を下ろしながらシーフが言う。
「なんで?」
全く考えてませんでした、といった顔で剣士が聞き返す。
「へ? だってさ、教会勤めになるかもしんないし、もっと他の…」
他の人間とパーティー組めるだろ、という言葉は言えなかった。
剣士の呆れたようなため息が耳に入ったからだ。
「あのな。たかだか冒険者に、国がそんなことさせると思ってるのか?」
「でも、クルセイダーだろ?」
はあ、と剣士は先程よりわざとらしく息を吐いた。
少々むっとした表情になるシーフを一瞥して説明を始める。
「騎士を考えてみろ。王国はちゃんとお抱えの騎士団やら兵士やら持ってる。
それでも冒険者にそういう職業があるのは、あくまでも何かあった時のための遊撃隊だと考えられてるからだ。
普段から戦ってる人間の方が役に立つのは目に見えてるからな」
「……そーなの?」
「そうだよ」
多分、という言葉を発するのは止めておいた。
剣士とてそこまで内情を理解しているわけでもないので、違うことを口にする。
「安心しろ。転職したらヒールかけてやる」
軽く握った拳をシーフの頭にぶつける。
とっさに頭をかばったシーフは、その格好のまま実に間抜けな顔をした。
「それってさ、つまり」
「ん?」
ぼそぼそと口の中で言った台詞は剣士には聞こえていなかったらしく、聞き返される。
シーフはしばらく剣士を見ていたが、やがて手を下ろした。
「いんや、なんでもない」
「変な奴。あ、いつものことか」
「あんだとー!?」
変わるものと、変わらないものがある。
End.
小説へ