夏の終わりに


「流しそうめんをしよう」
――そう言いだしたのは果たして誰だっただろうか。
少なくとも自分ではあるまい、と大鍋でそうめんを茹でながら、バードは一人ため息を吐いた。


節を抜かれた竹の表面は、淡い黄緑を晒している。
ゆるゆると流れる水は山の清流を思わせ、見る者の気分を涼しくさせる。
このセットの横に皆が並び、そうめんが流れてくればまさしくそれは流しそうめんであろう。
小さな庭で固まっている冒険者たちを、たまに通り過ぎる奥様方が不思議そうに眺めていく。
「よっし、後はそうめんがあれば完璧だな!」
今回は主に力仕事担当だった白髪もとい銀髪のシーフは、額の汗を拭ってみせる。
その横で逆毛の剣士が竹の重なっている部分の調整をしていた。以外と細かいところが気になるたちらしい。
庭の一角には何故かパラソル付きのテーブルが用意されて、優雅な夕涼みといった感じで女性のブラックスミスが男たちの働く様子を眺めていた。隣にはにこやかな女性プリーストが陣取り、あれこれと話しかけている。
デリュージを応用して水場を直線的な流れに調整したセージは、術の完成具合を隣のアルケミストと論じていた。
もう一つ、竹の始点に置かれたテーブルで青い髪の剣士がつゆを器に分けていた。足りない器を台所にとりに行っていたアコライトが戻ってきて、器を渡す。
「そうめんは後半分だって」
「任せっぱなしでいいんでしょうか?」
「いいんだよ、好きでやってるんだから」
台所担当のバードが聞いたら泣きながら否定しそうな言葉をさらりと言って、アコライトは箸を揃える。
ほとんど七夕の時のメンバーだが、今回騎士とウィザードは不参加である。
「ただいまー」
そこに、のほほんとこの家の主であるアサシンが帰ってきた。
回りからお帰り、と声がかかるが、それには適当に手を振って応えてさっさと家の中に入っていく。
「相変わらずですね」
呆れたと言うよりは諦めたようにアルケミストが漏らすと、セージはこくこくと無言で意思を示した。
家の中から怒鳴り声が聞こえてくるまで、後15秒。


「はい、みんな箸とつゆ持ったかー」
ざるに盛られたそうめんを持って、どことなく投げやりにバードが言う。
今回わざわざ箸を使っているのは誰だったかが流しそうめんはそうでなければ! と力説したせいである。
「あ、僕流しますよ」
「いいよ、食ってな」
「そうだよ、君がすることない」
アコライトはきっぱりと非道いことを言って、立候補した剣士をちゃっかり流すところから一番近いところに立たせた。いや確かに断ったの俺だけどさ、とバードが哀愁の表情で顔を逸らす。
ちなみに女性陣はパラソルの下、専用に盛られたそうめんをつついている。
竹の長さが足りなかった、というより彼女たちはそんな面倒なことをしたくなかったと言った方が正しい。
セージは水の流れがよく観察できる場所、ということで真ん中に。
当然のごとく最後の場所になるかならないか、で剣士とシーフが争っている。
するっと自分の元からそうめんを持っていった者がいることに気がついて、バードは怒鳴った。
「つまみ食いするな! あんた一番後ろ行ってろ!」
「えー」
バードの後ろをキープしていたアサシンが不満げに声を出すが、しっしと追いやられてとりあえず位置に着いた。
やっぱり負けていたシーフににっこりと圧力をかけることも忘れない。
「はい流すぞー」
やっぱりバードはどこかやる気がない。
それでも、さらさらと流れるそうめんは涼しげで冷たそうで、常より美味しそうに見えた。
しかし誰も取らず、最終的には結局アサシンが取った。
「食えよ!」
ついついバードが突っ込む。
「タイミングが……」
「難しいな」
終点にも皿が置いてあるため、一応流れきっても問題はないが、せっかくだから頑張って食べてもらいたいものである。
そんな男性陣を見ながら、女性二人はやはり優雅にそうめんを食べている。
脇に置いてある天ぷらは当然彼女たちが作らせたものである。
「まあ、どんどん流すからちゃんと食べるように」

食べやすいように塊を作って流しながら、バードは密かに様子を観察していた。
他にやることがないからである。
剣士は一番すくいやすい位置にいるのだが、性格が邪魔をして遠慮しているらしく、気がつくとアコライトがぽいぽいと彼の器にそうめんを入れている。親鳥のようだと感想を抱いた。
アルケミストの器にはなぜか薬味が山盛りであるのを発見してしまって目を逸らした。
セージは食べるよりも眺めている方が楽しいらしく、箸を閉じたり開いたりしている。懐からメモ用紙を取り出して書きたいのかも知れないが、両手が塞がっているので諦めているのだろうか。
後ろの方の剣士とシーフの間では激しく火花が散っていたが、実はそこまで辿り着いたそうめんの大半はアサシンの胃の中に収まっている。
やるんじゃなかったかもしれない、とバードは半ば本気で思った。
「うわっ!」
ばっしゃん!
「何だ!」
盛大な水音と声に、そこへと全員の視線が集まる。
きっと手が滑ったのだろう――果てしなく慌てているシーフと、竹の上でひっくり返って汁をほとんど流してしまった器が目に入る。アサシンと剣士は咄嗟に避難したらしく、つゆがはねた様子はない。
「阿呆」
「馬鹿ね」
「間抜けね」
剣士の言葉と、後方から聞こえる女性二人の言葉がさくさくとシーフの胸に刺さる。
「つゆがなくなったら終了ですから」
驚いたバードが落としたそうめんの塊が流れてきたのを器用にすくいながら、アルケミストが意地悪く言った。
「ええっ!?」
がーん、と古典的にシーフがショックを受ける。
あんまり食ってないーと騒ぎだすシーフを横目に、バードは近くの剣士に尋ねてみた。
「……そういうルールなのか?」
「さあ……」
一番流しそうめんのルーツの国に詳しいだろう剣士は、頼りなく首を傾げる。
初めて聞いたな、とぼそりとセージが呟く。
なおも賑やかなシーフの横顔を眺めつつ、バードはそうめんを流す動作を再開した。
流れていくそうめんを見ながら、バードは一体自分はいつになったら夕飯が食べられるのだろうかと考えていた。

夏の終わりの流しそうめんは、まだまだ続くようである。



End.


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