告白


沈む夕陽が空を赤く染め上げていた。東の空はすでに沈静化した薄紺青を纏ったまま、夜が来るのを待っている。そして、空と地の境目に張り出した丘の上に、一人のクルセイダーが座っていた。
ふわりと風が吹き、結んだ長い髪をなびかせる。いつかのように、あの時とは逆の立場で、クルセイダーは待っていたのかもしれない。
音もなくその横に影が差すのを。
ゆっくりと振り返った先には、夕陽を背負ったプリーストが立っていた。
「こんにちは」
クルセイダーは立ち上がる。多少は差が縮んだものの、未だに身長は追いつけていない。
「ああ」
プリーストは短く返した。クルセイダーからは、その表情が見えないのが少し残念だった。その代わり、赤い夕陽に照り映えたその髪が一層鮮やかに目に焼き付く。
「……何をしていた?」
「ええと……少しだけ、考え事を」
ごまかすように笑いかけて、ふとクルセイダーは表情を変えた。
「あなたに会えたらいいな、と考えていました」
プリーストは答えない。クルセイダーは照れくさそうに少し笑った。
「少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「好きにしろ」
プリーストは平然としているようだった。少なくともその姿勢も普段と変わらぬ垂直で、指先に特別な力がこもっているようにも見えない。しかしクルセイダーはそうもいかなかった。
一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。震える指をぎゅっと握って、正面の顔を見据えた。
「……あなたが、好きです」
じわじわと顔に血が上ってくるのはわかっていたが、今さら取り繕う余裕は欠片も無かった。
プリーストは変わらずにクルセイダーを見ている。
「そうか」
「えっ」
あっさりと返されて、クルセイダーは二の句を失った。
実に予想外の反応だった。呆れられるか、何も言わずに踵を返されるかの覚悟くらいはしていたのだが、まさかそうくるとは夢にも思っていなかったのだった。
「……それで」
この時ほど、彼の感情が読めない声と、表情を見えなくした夕陽を恨んだことはなかった。
「それで、何がしたい?」
「えっ……と……」
果たして遠回しに拒否されているのか許容されているのかがさっぱりわからず、クルセイダーは混乱の最中にいた。固まったままぱちぱちと瞬きだけを繰り返すクルセイダーに業を煮やしたか、プリーストは付け加えた。
「何が望みだ、と聞いている」
夕陽は沈みつつある。まるで絵に描いたようなグラデーションがプリーストの頭上には存在し、その中で硝子にも似た瞳が静かに光っていた。
クルセイダーは詰めていた息をそっと吐いた。
「……非常に自分勝手で、わがままだとは思うんですが」
握っていた拳をそっとほどく。
「例えば……あなたが非道く疲れたときや、凄く寒い夜、なにかとても嬉しいことがあったとき」
そしていつものように、少し困ったように笑った。
「思い浮かべる事柄や人の中で、最後で良いからあなたに思い出して貰えたら、それだけで俺は幸せなんです」
「……欲のないことだな」
今度ばかりはクルセイダーにもはっきりわかったことに、プリーストの声には少し呆れが含まれていた。
「欲ぐらいはありますよ、人並みには」
人に好かれたいという欲も、とは言葉にならなかった。心の中にとどめておいて、クルセイダーはようやく肩の力を抜いた。
「で、他にはないのか」
「……あ、あのですね」
さらりと言われてよろめきかけ、どうにか姿勢を戻す。
「そういうことを言われますと……その、期待してしまうんですが」
「勝手にしろ」
「……いえ、その」
「好きにしろ、と言ったはずだ」
クルセイダーは再び絶句した。ここに至ってようやく、はっきりと思い描くことを無意識で否定していた希望というものが、すぐ近くまで寄ってきていることに気が付いたのだ。ともかくも、拒絶されてはいないことは理解できた。
「……では」
わけもなく、本当はあったのだがそれが何かもわからなくなるような、泣きたい気持ちでクルセイダーは笑う。
「触れても、いいですか」
「くどい」
いっそ気持ち良いほどに切って捨てられ、クルセイダーは慎重に手を伸ばして、プリーストを抱きしめた。その肩は思っていたよりも華奢で、決して高くはない体温が心地良かった。
「あ、すみません、鎧が」
痛いでしょうと慌てて離れようとするクルセイダーの、マントを掴んでプリーストは引き止めた。
「……たいしたことはない」
「……はい」
太陽はこの日最後の光の腕を地上に投げかけていた。



日がすっかり落ちきり、町に戻ろうと二人は歩いていた。
「俺が来なかったらどうするつもりだった」
「……正直なところ、来るとは思っていませんでしたので」
照れたように笑うその体から、すっかり緊張は抜けている。ふうとクルセイダーは一つ息を吐いた。
「しかし……緊張しました。できればもう味わいたくないです」
「他の奴にしなければいい」
「それもそうですね、って、え」
クルセイダーは思わずプリーストの顔を凝視した。プリーストは居心地が悪そうに眉を寄せる。
「……なんだ」
「いえ、えーと、あーと……好きです」
「もう聞いた」
「言いたくなっただけです……」
クルセイダーの顔はもう真っ赤だったが、周りに光源がないのが幸いだった。後は、町に到着するまでにいかにして頭と顔を冷やすかが、クルセイダーの目下の問題となったのだった。



End.



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