新年
そもそも、この国の冒険者ギルドたちは制服を、体感気温と快適さを念頭に置いて夏冬服の実装を考えるべきだ。転生してから、正確には転生してチェイサーになった時から考え続けていた俺の脇腹を、冷たい風が気まぐれに撫でていく。
勘弁してくれと、俺は隣にいるパラディンのマントに潜り込んだ。クルセイダー時代から比べれば若干軽装になったが、こいつが実は鎧の下にこっそり厚着しているのを知っている。くそ、ばれないあたり羨ましい。
そりゃ俺だって好きな相手を風除けに使いたくはないが、暑けりゃ脱げばいいし、寒けりゃ着ればいいという俺の基本方針を、何故だかうちのギルドの女性陣は許容しない。
この、腹出し背中出し脇出しの実に風通りがいいチェイサーの制服の下に、黒いロングインナーをつけることだけでも文句をつけてくるのだ。何故だ、普段のインナーをちょっと伸ばしただけじゃないか! それが俺の華麗な肉体美に見とれたい、という理屈だったらまだわからんでもないが、真夏に上着もインナーも脱いで、要するに上半身裸でうだっているとそれはそれで切れられる。デリカシーがない、考えが足りない、だの散々だ。
一回など、シーフ服の腹巻きを引っ張り出して身につけたときは非道かった。ギルマスでもあるホワイトスミスは、惜しげもなく両肩と生足を晒しまくった状態で指さして笑い、ハイプリーストはださすぎます、と一刀両断しただけでは飽きたらず恋人件下僕のアサシンクロスに命じて剥ぎ取ろうと試み、後輩気質のクラウンは後ろ向いてしゃがみ込んだ状態で容赦なく肩を震わせ、プロフェッサーは実に気の毒そうな顔で襟巻きにしている狐を差し出してまでくれた。
腹が冷える、と主張しただけで女々しい情けないと切って捨てられるのも微妙だったが、同情されても反応に困ると知ったのはその時だ。
生憎俺の暖房小物はパラディンのマントで足りていたので、丁重に狐の襟巻きは遠慮したのだが。そもそも首周りはあんまり寒くない。
であるからして、寒いのが苦手な俺がわざわざ、わっざわざ冬の澄み切った夜空を砦の前庭から見上げているのは、ギルマスの号令のせいだ。
同盟ギルドと合同で、みな思い思いの場所に立っていたり座っていたり。我らがギルマスは同盟ギルドのマスター、スナイパーと並んで何やら照れていた。見ていて恥ずかしくなるので視線を外すと、酒盛りに興じようとしている一団が目に入った。せめて室内に入ってからにしろと言うべきか、まだ早いと言うべきか、その場で寝るのは止めとけと言うべきか、迷って結局声をかけるのを止めた。それぐらいの分別はあるだろう。……あるよな?どうせ酒が飲めない相棒に合わせて最近は酒盛りに参加しないのだから、俺が口を挟む事じゃないだろう。
「なんでみんな元気なんだ……」
考えてみれば女性陣の方がよっぽど寒そうな格好をしているのに、みな普段通りだ。この間も自室から火を絶やさない俺たちの方が寒がりに思えるじゃないか。
「ああ……なんでも、懐炉とかいうものを開発したらしい」
「なんじゃそら」
「……火レジポにレッドブラッドの粉末を入れて発熱効果を得たとかなんとか……湯たんぽの簡易版か」
「よーやるなあ……」
俺が漏らした言葉に解説を加えてくれた相手の顔が見たくて、マントの中から抜け出した。うっひょお寒っ!
そりゃホワイトスミスにクリエイターにプロフェッサーが揃っていれば大抵のものは作れるか。この辺が全員女性だというのが、うちのギルドの女性優位性を形作っている気がする。
「そろそろ時間か」
「そのようだな」
きっちり手甲に包まれた指先がギルマスを指さす。ハーフフィンガーの手袋を恨むのはこういうときである。戦闘中は指先まで覆われていると邪魔だし、押し倒す時も邪魔なので普段は感謝こそすれ恨みはしないのだが。
ギルマスはもじもじ座っていたのが嘘のように勢いよく立ち上がり、号令をかけて空を指さした。みな、つられたように星がよく見える空を見上げる。
ぱぁん、と炸裂音がして、空に花が咲く。
――A HAPPY NEW YEAR !!
クリスマスの時流行った文字花火の、特大新年バージョンである。ちなみに、"I Love U"の花火をサンタのじーさんからもらった俺だったが、相棒の前で打ち上げたら真顔で人の近くで上げると危ないと言われて泣きそうになった。そんなことはどうでもいい。
それを皮切りにわぁっと歓声が上がり、波のさざめきのような挨拶が打ち寄せてくる。
おめでとう、おめでとう――
俺もパラディンに向き直った。長年の相棒が花火を見上げている横顔をずっと見ていたと言ったら、相手は呆れるだろうか。俺は実のところ、こいつの横顔の芯の入ったところが好きだった。喉仏が上下する様なんて、普段鎧に隠されてみんな見たことがないに違いない。根拠のない優越感が、体中を駆けめぐる気がする。
「おめでと、な」
「おめでとう、今年もよろしく」
「おう、よろしく。今年はオーラだな!」
「……随分ハードルが高いな」
そう言って苦笑する、その顔を見ている間だけは寒さも忘れられそうな気がした。いや寒いものは寒いんだけどな!
まあ変わらずお願いしますよ、俺の相棒さん。
End.
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