ジレンマ


      「単刀直入に言うけどね」
      ブラックスミスの姉御は、そう切り出した。

      「あんた、冒険者に向いてないわ」


      投げつけられたあまりと言えばあんまりな言葉に、俺は言葉を返せなかった。
      というか結構効いたんですけど、その御言葉。
      「単刀直入すぎやしませんか、姐さん……」
      力無く俺が呟くと、彼女は白い煙を吐き出した。
      俺は煙草が嫌いだって言ってるのに、まるで嫌がらせのように俺の前で煙草を吸う人だ。
      文句を言っても、『これは煙草じゃなくてパイプタバコ』と言われるのがオチだ。
      似合っているからいいんだけど、俺から奪い取ったゴーグルにまで匂いを付けないでほしい。
      「だーってねえ」
      姉御は俺の方ではなく、通りを行き交う人々の方を眺めている。
      こんな隅っこに露店を出して売れるのか疑問に思ったこともあるが、どうも俺がいない夜の方が繁盛しているらしい。
      「狩り場変えるっつってエルダ狩りに行って、人が多いからって諦めて帰ってきたのはどこのどいつよ?」
      「……ここのこいつ」
      人が多いところは根本的に苦手なんだ。
      町とかならいいけど、より経験を積めるモンスターが住んでいるところなんかだと、俺は人の方が怖い。
      人がいなくて、静かに自分の技を高めていける場所の方が好きだ。
      人よりもモンスターが多い方が落ち着くってのも何かあれだとは思うが。
      「だからって、モンスターと戦えないわけじゃないし」
      言い訳をして、そっと腰に差してある短剣に触れる。
      シーフの俺に一番合ってて、一番使いやすい武器だ。
      「モンスターと戦えないってのは問題外」
      姉御の言葉はいつも耳に痛いけど、いっそ小気味いいまでにはっきりしている。
      「他人にお膳立てしてもらわなきゃ戦えないような奴に、冒険者を名乗る資格はない」
      「手厳しいっすね」
      「当たり前の事よ。忘れてる人の方が多いけど」
      こういう時の彼女は凄く凛々しく、格好良い。
      押し倒してみたいけど、んなことしたら殴り殺されるのは目に見えてる。
      腕力だって鍛えてるつもりだが、彼女に力でかなうとは到底思えない。
      情けない話ではあるが。
      「その点あんたは合格ね、あんたらは簡単に人に助力頼まないし」
      頼まなさすぎだけど、と姉御はつけ加えた。
      あんたらと言われて知り合いの剣士を思い出す。
      知り合い? いや、何と言ったらいいかわからない。
      知り合い。友人。師匠? どれもこれも、俺とあいつの関係には当てはまりそうもない。
      「あんたはね、競争心がなさすぎんの」
      「……競争心」
      いきなり本題に戻られて、馬鹿みたいに単語を繰り返す。
      あいつに言ったら、『みたいじゃなくて本物の馬鹿だ』とか言われるんだろうか。
      「冒険者、特に前衛職なんてね、他人を蹴落としてでも強くなろうと思わないと。
       狩り場で人を気づかってるようじゃやってけない仕事よ。特に」
      ここから先の台詞は、不必要なまでに強調された。
      びしりと指を突きつけられる。
      「素早さが命の職のくせに、中途半端に体力つけたあげく手先が不器用で馬鹿などっかの誰かさんはね」
      「……なんかめちゃくちゃ胸に突き刺さるような気がするんですが」
      さくさく来た、さくさく。
      確かにその通りだから腹も立たないし反論も出来ないが、容赦無しに突き刺さる言葉は結構痛い。
      思わずため息を吐いてから、自分には似合わないと首を振った。
      この俺に、憂鬱とため息と憂い顔ほど似合わないものはない。
      「俺だって強くなりたいすよ」
      これは、多分本音だ。
      簡単に嘘がつけるほど俺は器用じゃない。
      「大切なものを手に入れられるぐらいには」
      大切なものなんて、何なんだか俺にはわからない。
      故郷の両親も商売も、姉たちに任せておけば心配ない。
      好きな人っていうのも多分いない。
      だからせめて、それが見つかった時に手に入れられるぐらいには。
      手に入れたものを守れるぐらいには。
      強く在りたいと願う。
      姉御はしげしげと俺を見つめて、言った。
      「……あんた、真面目なことも言えたのねえ」
      「俺を一体なんだと思ってんだ!」
      結構非道いことを言われて、ついいつもの口調が出てしまった。
      しかし姉御はそんなことは全く気にしないでくれた。
      「馬鹿」
      きっぱりはっきり言い切られて、俺は大きく肩を落とした。
      「俺ってそんなに馬鹿?」
      「じゃあ阿呆」
      「ダメ、阿呆はあいつ」
      今はいない奴のことを思い浮かべる。
      町中だろうとダンジョンだろうと目立つあいつは、今どこで戦っているんだろうか。
      「まあ別に、向いていようとなかろうとあんたの自由だけどさ」
      「……何が?」
      話が見えずに聞き返すと、思いっきり顔をしかめられた。
      「あんた、やっぱり本物の馬鹿だわ。さっきまでの話をもう忘れたっての?」
      「あ」
      そういえば、冒険者に向いていないとか言われてた…ような気がする。
      「あんたの人生はあんたのもん。生き方だって好きにすりゃいいのよ」
      「姐さん……」
      何かこう、じーんと来た。じーんと。
      そんなことわかってるんだったらはじめからややこしいこと言わなければいいのに、とか思ったのは内緒だ。
      感動のせいで、思わず姉御の手を握りしめてしまった。
      そのままじっと目を見つめる。
      「今晩、俺と一発どうですか」
      「マゾと童貞クンはお断り」
      ……さらっと返された。
      うう、やっぱり人生経験が違うぜ。
      って、ちょっと待てよ。
      「あんのー、マゾって何すか?」
      「ん? 嗜虐癖を持つ人のことだけど」
      「いやそりゃあそうですけど」
      俺が聞きたいのはそこじゃない。
      そりゃ確かに俺はど……女性経験なんて一度もないけど、マゾと呼ばれるいわれはないと思う。
      そう言ったら、姉御は急に話題を変えた。
      「この間臨公で城に行ったんだけど」
      城ってのは、大抵グラストヘイムのことを差す。
      強力なモンスターがうじゃうじゃいて、俺なんか生きて帰れないどころか近づくことすらできないだろう。
      「初めて見ちゃったわー、ジルタス」
      「えっ、うそ! マジで!?」
      姉御ずるい!
      ジルタス様は俺の憧れのモンスターで、人型をしている。
      有り体に彼女のことを表すなら女王様だ。
      いつか必ずお会いすると心に決めている。
      「他のパーティーが戦ってたんだけどね、鞭のいー音してたわよ?」
      「うわー…うらやましい……」
      ついぼーっとその言葉を口にしたからって、誰が俺を責められるんだろう?
      姉御は俺を一瞥してから、俺の肩に両手を置いて言った。
      「はいマゾ確定」
      「だから、違う!…と、思う…」
      俺は女王様が好きなだけで、決してぶたれるのが好きとかそういう類の人間じゃないんだ。
      罵られながらいたぶられるっていうのもちょっと心躍るシチュエーションだけどさ。
      「はいはい」
      しかし、もはやさっきの言葉を言った時点で取り返しはつかないらしく、適当にあしらわれてしまった。
      俺に春は来るんだろうか……?
      「あ、あれ」
      「へ?」
      姉御が見ている方に目をやると、見知った人間型の生物がこっちに歩いてきている。
      人混みの中でも目立つ、あいつ。
      「狩りの誘いにでも来たんじゃないの?」
      乱暴に、頭の上にゴーグルがのせられる。
      「知り合い価格26zでミルク売ってあげるから行ってきな」
      「姐さん、それ詐欺……」
      牛乳商人のにーちゃんのところに空き瓶を持っていった方が安上がりだ。
      というか、普通に売ってる値段よりも高い。
      「はいはい、いいから行っといで」
      力いっぱい背中を叩かれて道路に押し出された。
      絶対背中にはもみじの跡が残っていることだろう。
      それはいいとして、まずはずかずか歩いてくるあいつに挨拶をしないと。
      今日という日は、まだ残っているから。


      End.


      強いて言うなら同好の士。




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