露店と喧嘩は首都の華
「姐さーん、おはよっす」
首都の路地に露店の数が増え始めてきたころ、俺は姉御の露店に顔を出した。
大通りから少し離れたところにいつも露店を出している姉御は、製造よりも戦闘の方が得意なブラックスミスだ。
くわえているパイプタバコがトレードマークの、粋なお人。
「ありゃ、おはよ。珍しく早いじゃない」
「いやあ、いー天気だったんで目覚めちゃって」
泊まっていた宿屋の娘さんの手伝いをするために早く起きたのは内緒だ。
「で、何しにきたの?」
「牛乳の補充と、ちょっと暇つぶしを」
「暇だったら狩りに行ってきなさいよ」
そう言いながらも、カートを漁って牛乳を出してくれる。
代金を払いながら俺は言った。
「今日は奴と狩りに行く約束してるんすけど、あいつまだ寝てて」
奴の昨日の様子と、今朝の熟睡っぷりを頭に浮かべる。
あの分じゃ当分起き出してはこないだろう。
「たたき起こせばいいのに」
姐さん、毎度のことですが発言が過激です。
「んなことしたら俺がたたっ斬られますって」
「避けなさいよ一応シーフ」
「一応はいらないっす……」
やっぱり体力鍛えてるシーフは馬鹿なんだろうか。
「ここ、座っていいすか」
姉御の横を指してそう言う。
多分駄目とは言われないだろうが、礼儀として、だ。
「勝手にしなさい」
言われた言葉に微笑んで、俺は遠慮なしに隣に座る。
やっぱり何だかんだ言って姉御は優しい。
はっ、それとももしかして俺に気が!?
「そんなことはないから安心して」
「……心読まないでくださいよ」
そう反論はしても、読心術とか言って悪戯っぽく笑われれば悪い気はしない。
俺って単純だと思いながら目を通りの方にやると、向こうから妙に暗い空気をまとったアサシンが歩いてきた。
朝のこの爽やかな空気には全然似合わない。
通りがかった犬に体当たりされてぐらつきながらも、彼は徐々にこっちに近づいてくる。
この近くにもいくつか露店は出ているが、体の向きからして姉御の店に向かっている気がする。
「姐さん、あの人知り合いっすか?」
ちょいちょいとむき出しの肩に触って注意を引く。
別の方向を見ていた彼女は、件のアサシンの姿を見てちょっと目を見開いた。
「あー…、まあ、知り合いというか何というか」
珍しく歯切れが悪い。
「ったくあの馬鹿、今度はなにやったんだか……」
ぶつぶつと呟いているところを見ると、別に昔の恋人とかいうわけでもなさそうだが。
その人は、俺たちの前まで来るとぴたりと足を止めた。
銀髪、なんだろうが、今の落ち込んでいる様子から見ると白髪と言った方が適切に思える。
アサシンの服も違和感なく着ているが、洋服のあわせが右左逆なのは気のせいだろうか。
しかし俺を驚かせたのは、この後の一言だった。
「姉ちゃあん……またあいつ怒らせた……」
え。
……姉ちゃん?
「うわあ俺どうしたらいいんだろう今度こそ縁切られるんじゃないかなあっ!?」
「ああうるっさいわね! すがりつくなでかい声で叫ぶないい年して!!」
はっきり言って大の男が女性に泣きついているというのは情けない姿だ。
しかしそれよりも。姉ちゃんってのは大抵、弟もしくは妹が家族関係にある姉に向かって使う呼称ではなかっただろうか。
「……一応紹介しとくわ」
アサシンをはりつかせたまま、こめかみに指をやって彼女は俺を見た。
「うちの、馬鹿を百個つけても足りない愚弟よ」
台詞と同時に、容赦なく蹴りを入れて離れさせる。
「…………はあ」
このやりとりの間も、俺の呆然とした表情がなおっていなかっただろうことは想像が付いた。
何とか落ち着いたらしいアサシンが座り直す。
そうして向かい合ってるところを見ると目元が似ているような気がしなくもない。
年子だそうなので、姉御もそんなに年がいっているわけでもなさそうだ。
「で、何やらかしたのよ、あんた」
「ケンカしたんだ……」
何となく重い会話になりそうだと察して、俺はこの場を離れようと腰を浮かせた。
「あ、じゃあ、俺はこれで。後は姉弟水入らずってことで!」
「お待ち」
そそくさと立ち去ろうとした瞬間、足首をつかまれた。
気が焦っていたこともあって、体は前に行こうとする。
だが、足がつかまれた状態であるということは。
「うぉわっ!?」
……かろうじて、顔面衝突だけは免れた。
しかし、姉御の手がアサシンの影になって通りからは見えない状態である以上、何もないところで無様にこけたように
見えると言うことは変わらない。
泣いてもいいですか。
「どうせなら、あんたもつきあいなさい」
道連れは多い方がいいのだろう、にいっこりと笑う。
こめかみの血管がぴくぴくしてなければ、喜んで従いたい台詞だってのに。
とにかく逃げられないと諦めた俺が座り直すとアサシンが再び話し始めた。
「確かに俺が悪かったんだけど、完全に怒らせちゃって」
「何やったのよ」
言った後でパイプタバコを吸いなおす。
アサシンの落ち込みようからして、したっぱが女ボスに失敗の報告をしているようにも見える。
「エンペリウムを店で売った」
「阿呆」
間髪おかずに姉御の厳しいコメント。
まあ、誰でもそう言うだろうが。
「やっぱり馬鹿かな……」
「力いっぱい馬鹿ね」
一抹の憐憫も見せず言って捨てる姉御。
身内だとさらに容赦しないらしい。
「だって疲れててさあ、狩りで手に入れたアイテム全部入れた袋ごと渡しちゃって」
気が付いたのは相方に指摘されてから、と言ったアサシンは大きく肩を落とした。
俺が言うのも何だが、やっぱり間抜けだと思う。
そういえば、姉御の知り合いのブラックスミスの仲間にもそういう感じのアサシンがいたような。
俺、アサシンになるの止めようかな……。
この世の何処かにまともなアサシンはいるのか!?
『おい、今どこだ?』
「うわっ!?」
いきなり鼓膜ではなく脳髄に直接響いた言葉に、思わず声に出して驚いてしまう。
話していた二人――というよりは、アサシンが一方的に姉御に説教を食らっていた様だが、ともかく
二人が驚いた顔をしてこちらを振り向いた。
「あー、何でもないです、ちょっと耳打ちが」
そういって、二、三歩離れた路地の片隅に移動する。
あの場でも出来なくはないのだが、他の話と混線する可能性がある。
『よー、おはよう』
耳打ちとかWisperとか呼ばれている技術で、名前と顔を知っている人間と近くにいなくても会話できるというものだ。
相手のイメージがきちんと出来ないと失敗するので、割と親しい間柄でぐらいしかやらないが。
冒険者という職業上連絡がつけにくいので、修練場などで教えられるが、相手が閉ざしていたり寝ていたりすると繋がらない。
どういう仕組みなのかはわからないけど、便利だからいいか。
『おはよ……あー、体中だりい』
聞こえてくるのは声だけだけど、本気でだるそうだ。
『昨日のせいか? だらしねーの』
『んだよ、お前のせいだろ』
『何でそーなるんだよ』
『お前が手加減しないからだ』
『誘ったのはお前だろ?』
そう返してやると、ちょっと沈黙して。
『うっさい馬鹿』
いつものようにそう返してくる。
適当に奴をからかいながら、今日はどこに行こうか考えていた。
どっちみち奴の目覚ましに、どこか歩いてから行くことになるんだろうが。
『はいはい、宿屋の前まで迎えに行くから』
とりあえず直接会おうと、俺は寄りかかっていた壁から背中を離した。
挨拶していこうと姉御たちを見ると、アサシンの方の表情が幾分かマシになっていた。
「姐さんー、あいつ起きたから俺行くわ」
「ああそうなの? 行ってらっしゃい」
何を話してたんだかはわからないが、姉御が穏やかになってるところからして言いたいだけ言ったんだろう。
ふと、アサシンの方が俺の顔をじっと見てることに気が付いた。
「……何すか?」
居心地が悪くなって聞いてみる。
するとアサシンは、顔を引きつらせてちょっと笑う。
「あ、あー。何つーか……君もがんばれよ」
「? はあ」
何が言いたいのかさっぱりわからないが、とりあえず頷いておく。
よくわからない話は適当に流すのが一番だ、何か嫌な予感がすることだし。
「早く謝った方がいいすよ」
似合わないアドバイスをして、その場から離れようとする。
少しすると背後から、アサシンの「ええっ!?」とかいう大声が聞こえてきた。
振り返ると、姉御がすっごく楽しそうに笑っているし、アサシンに至っては蒼白な顔で俺を見てる。
何なんだ一体。
いや、どうせしばらく会わない相手だろうからいいか。
そう思ってその場を立ち去って数週間後、あのアサシンとどこかの騎士の喧嘩シーンを目撃したことは……
なかったことですませよう。
End.
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