目覚め


      柔らかい光。
      ベッドに横たわっているクルセイダーが初めに知覚したのはそれだった。
      「夢ーのー、リンゴー、むいーてー」
      それから、聞き慣れた歌声が耳に入ってくる。
      「大人にゃー、食えない、しゃかりきごんべえ」
      小さな声で機嫌良さそうに歌っているバードの手には常の楽器ではなく、一つのりんごとナイフ。
      「夢ーのー、国まではー、さーがせないー」
      しゅるしゅるとリズミカルにむかれていく赤い皮が膝の上に置いた布巾に落ちていく。
      「……相変わらず下手だな」
      「お前の音楽センスがないだけだ」
      いきなりベッドの住人が発した声に驚く様子もなく軽口を叩いてみせる。
      ずっと手元を見ていた視線が、初めてクルセイダーに向けられた。
      「気分はどーよ?」
      「悪くはない。というか、ここは」
      自分のいる場所を確認しようと上半身を起こしかけた彼を、バードが慌てて止める。
      「阿呆。丸一日寝ておいてすぐ起きようとする奴があるか」
      半ば無理矢理ベッドへ押し返す。
      右手にナイフを持ったままだったので少しばかり迫力があった。
      「それだけ寝たら睡眠は十分だと思うが」
      「体力の問題じゃボケ」
      というか気分? とナイフを振り振りおどけた調子で言ってくる。
      クルセイダーが辺りを見回すと、バードが座っている椅子の向こう側に彼の鎧があった。
      「あれは……」
      「ああ、ほっぽっとくと後でうるさそうだったから、ちゃんとまとめといた。
       さすがにあれ着たまんま寝れないだろ」
      「そうか」
      ふう、と一つ息を吐く。
      寝転がったまま、自らの手を見つめる。
      「俺の力が、また足りなかったか」
      「別にお前のせいじゃないよ」
      皮をむき終わったりんごの実を手の上で切りながら、バードは彼の言葉を否定した。
      「あれは湧きすぎ。俺もカプラさんの位置記憶サービスに引っかかったクチだし」
      底が深めの白い器に、薄黄色い実を落としていく。
      「お前、血流し過ぎだったってさ。美味いもん食って寝てりゃすぐ元気になる」
      小枝を削って作った楊子を二本、りんごに突き刺す。
      「ほれ、食え」
      ずい、と目の前に差し出されたりんご入りの器にクルセイダーは苦笑する。
      「珍しいこともあったもんだ」
      「おーよ。いいとこで目覚ますんだもんなー、後三十分遅けりゃ俺が全部食ってたのに」
      「……俺のためにむいてくれたんじゃないのか」
      「半分はお前のだが、半分は俺のだ。ほれ」
      一本の楊子に刺さったりんごをとってやる。
      そして、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
      「あーん」
      「…………いや、自分で食える。というか自分で食わせてくれ」
      「なんだつまらん」
      ひょいと肩をすくめ、クルセイダーの目の前に差し出していたりんごを自分で食べてしまう。
      「…………」
      半ば自分の気を紛らわすためにやってくれているのはわかるが、何とはなしに虚しい。
      身を起こし、腰の辺りに枕をあてがって座る。
      そうしてしばらく二人、何も言わずにりんごを食べていた。
      「美味いな」
      「そりゃ良かった。もう一個むいてやろうか、うさぎさんで」
      「遠慮する」
      真顔で断られてバードは苦笑した。
      そして、急に真剣な、挑むような目つきでクルセイダーを見る。
      「もっと強くなろうな、相棒」
      俺たち、という言葉は発しなかった。必要ないと判断した。
      クルセイダーも、その視線を真っ向から受け止めて頷いた。
      「無論だ」
      その言葉を聞いてバードが笑った。
      クルセイダーの頬も、知らぬ間に緩んでいた。



      End.


      冒頭の歌は一昔前の歌、「パラダイス○河」の替え歌です。





小説へ