Boy meets Boy


柔らかな朝の光に照らされて、一人の剣士が目を覚ました。
微かに聞こえる鳥の声や人々のざわめきを聞きながら目をこすり――硬直する。
日の光よりも尚濃い、はちみつ色の髪はどこまでも柔らかそうで。
目が閉じられてはいるが、それでもわかる整った顔立ち。
シーツから華奢な肩が出ているような状態で、そんな人間が剣士の寝床に同衾していた。

「うっわあああああ!?」
一呼吸置いて剣士が近所迷惑な叫びをあげたのも、致し方ないことだろう。

「なに……うるさい」
「いや違うなにが違うかわからないけどおれじゃないおれのせいじゃないー!」
叫び声で目を覚ました相手によくわからない言い訳をした剣士は、しかし起き上がった相手の姿を見て再び硬直した。
胸がまったいらだった。
(なーんだ男かーそっかーよかったー……よくねええええ!)
一人心の中で問答しておいて、がばりと剣士も起き上がる。
シーツが肌に触れる感触からわかっていたことだったが、彼もまた何も身につけていなかった。
恐る恐る床に散らばった衣服に目をやれば、自分の剣士の装束に混じって青だの茶色だの赤だのの色彩が見える。
どうも相手はアーチャーのようだった。しかも、全く見たことがない。
果たして目の前のアーチャーはどんな反応をするだろうかとどきどきしながら待っていると、半分閉じた目で彼は剣士を見て、床を見て、自分の姿を見て、そしてもう一度剣士を見た。
次の言葉は、半ば呆然としているようだった。
「……あんた、だれ?」
「いや……そっちこそ、誰」
「…………」
「…………」
いやな沈黙がその場を支配した。
「とりあえず状況を整理しよう」
「さ、賛成ー」
シーツを下半身にまとわりつかせたまま、アーチャーはあぐらをかいてベッドの上に座り込んだ。
目を開けてもきれいな顔をしてるなあと剣士はぼんやり思う。少しだけ吊り目だった。
「俺は……確か昨夜、レアアイテムが出たから酒場で一杯やってた。あんたは?」
ついと指さされても不思議と不快には感じなかった。指は細かったが、指先に小さな傷がいくつもあるのが意外だった。思えば、剣士である彼がアーチャーと差し向かいで話すのは初めての経験だった。元からソロ思考だったので、臨公さえもろくに行ったことがないのだ。
「おれは、えーと、クロムの酒場には綺麗なお姉さんがいるから、そこで飲んでた」
「ああ、キュロスだろ? いい女だよな」
「そうそう、特にあの腰がきゅっとなったところが――いや、んなことどーでもいい」
同じ酒場の常連だったようだ。剣士は酒が入ってしまうと、マスターと店員ぐらいしか覚えていないが。
昨夜のことを思い出そうとすると、被さるように頭痛が襲ってくる。これが二日酔いからくるのか頭を使おうとしていることからくる頭痛なのか剣士には判別できなかった。
相手もどうにも思い出すのに苦労しているようで、首をひねっている。
「……あ、混んできたからってテーブル追い出されたかも」
「そうか、いきなりカウンターに移ってきたのがあんたか!」
剣士は早い時間から一人でテーブル席を占領するという贅沢なことをしていたのだが、混雑が常よりひどかったためカウンターに移動させられたのだ。その隣にこのアーチャーが座っていたのだった。
「そうだ、俺結構気分良かったからノリであんたにおごって」
「あーそうだ、確か黄金酒飲んだんだった!」
そうだそうだ、と思い出せたことに二人して喜んだはいいが、その後のことがさっぱり思い出せなかった。
とりあえず部屋の間取りからして剣士がここ数日泊まっている宿屋である、ということが判明した程度だ。
ならば、と意を決して剣士は訊いてみた。
「えーと、その、これははっきりさせておきたいんだけど……なんだ、体に違和感とかは?」
特に下半身。
その問いに案外あっさりとアーチャーは首を振った。あんたは? との問いには剣士も否、で返す。
「なんだ、じゃあ酒飲んで開放的になって脱いだだけなんだ! きっとそうだ!」
剣士ができるかぎり楽観的に結論を出している間に、アーチャーは何やらシーツをめくってベッドの足の方を触っていた。剣士がその意味を問う前に、彼は顔を出す。
「それだとベッドの下の方がかぴかぴしてる理由がつかないと思うが」
「ひーっ!!」
聞きたくない、と剣士が両手で耳を覆う。
ついでに数時間前の自分をぶん殴ってでも正気に戻してやりたいとも思ったが、それは無理な話だった。
「で、でも……二人とも覚えていないわけだしー……」
「そうだな、覚えてない」
いじいじと胸の前で人差し指を合わせて呟いていたら、これまたあっさりと肯定が返ってきたため剣士は立ち直れそうだった。しかし、すがるような目つきでアーチャーの方を見ると、彼は何やら考え込んでいるではないか。
「そういうのももったいないよな」
ぽそり、とアーチャーが漏らした台詞を残念にも剣士は聞き逃した。むしろ、何を言ったのかわからないのが妙に気になって彼の顔を覗き込む。まつげも長いなあ。
呑気な感想を抱いていたら、次の瞬間彼は天井を見上げていた。
「…………へ?」
押し倒されている、と気付いたのは上に登場したアーチャーの顔が不穏に笑っているのを見た瞬間だった。
「まあ幸いにも最後まではやってないわけだし」
「えーと何考えてるかさっぱりわかんないわけだけどもとりあえずどいてくれ」
「肺活量結構あるな」
抗議の言葉はわけのわからない言葉でさらりと流されてしまった。
朝の光の中とはいえ、よく知らない人間に押し倒されている。下はベッドで、素晴らしいことに二人とも裸だ。
一種、最高のシチュエーションだった。
それはもう、自分が押し倒している方で相手が好みの美人さんだったらの話だが。
「今度は二度と忘れられないようにしてやるよ」
耳元でひくくひくく囁かれて、びくりと首がすくんだ。
「え、遠慮、する……」
「ごめ、もう我慢きかないや」
きらきらと、笑む顔だけはきれいだった。
こめかみに古傷があるのを剣士は見つける。

酒場からはじまる恋も、あるのだろうか。



「んなもんなくていい」
「そうすっと酒場のお姉さんとの恋もなくなるけど」
部屋の壁を向いて体育座りですねる剣士と、ようやく相手の名前を知ってご機嫌なアーチャーの、それは会話の一欠片。



End.



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