きみとぼくとのちがいについて


たん、と忍者の足が地面から離れる。続けざまに三個投擲される手裏剣を、ガンスリンガーは牽制だと見切って避けもしなかった。実際、彼の足下に十文字の手裏剣が突き刺さる。
未だ微妙に空中に留まる忍者の、着地地点を狙って正確に二発撃ち込んだ。しかし忍者は慌てず騒がず、地面から仮初めの氷の槍を生じさせ、その上から地面に跳んで着地する。
ガンスリンガーが左手で弾いたコインを切って捨てる忍者の手には、いつしか忍者刀が握られている。
突然、忍者がガンスリンガーへと一直線に走り出した。互いに遠距離まで届く武器があるとはいえ、目の前の忍者がどちらかといえば近距離を得意としていることを彼は知っていた。そして、リーチの長さと正確さでは忍者に勝れども、懐に飛び込まれたら負けだということも。
「っ!」
向かってくる相手のやや足下を中心に、ガンスリンガーは弾をばらまいた。デスペラードと呼ばれる、要するに無差別攻撃だ。近づいてくる相手に対するには、狙いをつけるよりは効果がある場合もある。
しかし、忍者は避けなかった。避ける必要がなかったのだ。
ガンスリンガーの目に忍者が一瞬ぶれて見え、そして霞のごとくかき消えた。
気配も足音も全て絶ち、この場にいる者はガンスリンガーだけのようにすら思える。
だが、彼はこの状況もすでに知っていた。
咄嗟に前に向けて跳ぶと、自らの背後に銃を構える。その銃にぶつけられて、忍者刀が姿を現した。そして、霞が晴れるように忍者の姿も現れた。
無表情だった忍者の顔がふっとほころんだのが、合図だった。
「おっしゃ! 今日は引き分けだな!?」
銃を下ろしたガンスリンガーも、ひき結んでいた唇を笑みに変える。
「どうかな……先日とほぼ同じ手を使ったのはわざとだが?」
忍者が意地の悪い笑みを浮かべるに当たって、ガンスリンガーが頬を膨らませた。
「えー、言い訳かよー」
ガンスリンガーの方がやや背は高いが、表情には幼さが残る。黒と白の衣服に、少々着られている感は否めないだろう。対して忍者の方は、忍び装束も堂に入っている。もっとも、このようなひらけた場所では多少浮いて見えるのだが。
「しかし、確実に反応は早くなっているな」
誉め言葉に対してぱっと表情を一転させる様など、さらに年齢を下に見せる。
「どうだ? 所望するなら、体術の稽古に付き合ってやらんでもないが」
「うえー……それはちょっとやだ」
くるくると銃身を回して、ホルダーに収める。その姿はさすがに板に付いていた。
いつだったか、忍者の『軽い稽古』とやらに付き合って二日ほど動けなくなったことを覚えているのだ。
「まあ、体術ならば貴殿の同居人に頼めば良いか」
同居人、と忍者が口にしただけで、ガンスリンガーの表情が曇った。それを忍者は不思議に思う。数日前まで、ガンスリンガーが懐いて懐いて懐きまくっている同居人のローグを話題に出すだけで上機嫌になったものなのだが。喧嘩でもしたのだろうか、とそのままを口にしてみる。
「喧嘩でもしたか?」
「え! っ……してない、っつーかできない」
途端にしょぼくれる顔を見て、忍者は嘆息した。
なんだかんだでつきあいが数ヶ月になるこの友人は、忍者にはよくわからない言動を取ることが多い。
どうにも同居人に素直な態度が取れないようだ。それにはローグの性格も一因を担っているのだが、それはその相手を選んだガンスリンガーが悪い、と忍者は思っている。
寡黙で思慮深い、と言えば格好は付くが要するに人付き合いが下手な男なのだ。実際、二人の部屋に忍者が訪れた時彼はなにが楽しいのか延々武器の手入れをしていた。
自分の知人と足して割ればいいのだ、と忍者は割と真剣にそう思っている。
「何があったかは知らぬが……」
おそらくは慰めの言葉を口に出そうとして、しかし忍者は言葉を切った。代わりに、先程の手合わせとは比べものにならないほどの速さで手裏剣を投擲する。
「え!?」
驚くガンスリンガーの後方で、手裏剣は何にも当たらず地面に落ちた。しかし、忍者はその時にはもう次の手を打っていた。
「サイト!」
裂帛の気迫と共に、忍者の周囲に火の玉が出現する。マジシャンの扱う魔法ではあるが、カードの力によって全く魔法を解さない者でも使用することが出来るのだ。その効果は、仮初めの身隠し――ハイディングを無効にする。
「うっわっ」
慌てたというよりはおどけた声と共に、忍者の後ろに一人のアサシンが姿を現した。
その姿を見て、ガンスリンガーはほっと胸をなで下ろす。というよりは、なんだこの人かと半ば呆れを含んだ安堵であったが。
「てっへーバレちゃった、やっぱり愛の成せる技っ!?」
戯言を吐いて忍者に抱きつこうとして、手甲で顔面を強打される、要するにこういう男である。
「ううー愛が痛いようー」
「喧しい、愛など存在せぬと幾度言えば理解するのだ」
「愛じゃないなら恋はどうかなっ!」
「忍びにそのような感情は不要」
出現するとほぼ同時に掛け合いを始めた二人を、ガンスリンガーは慣れた様子で見守っている。これでアサシンは狩りともなれば忍者やガンスリンガーを遥かに凌ぐ戦いっぷりを見せつけるのだから、人間とはわからない。
しかし、互いに言いたいことを言い合っている二人の様子が、羨ましくないと言えば嘘になる。忍者の前ではほとんど素直なガンスリンガーが、思ったままのことを口に出したのは無理のないことだった。
「いいなあ……」
小さく呟いたことであったし、ぎゃいぎゃいと騒いでいる二人には聞こえていないだろうと思ったが、その言葉に二人が一斉にガンスリンガーを注目した。突然のことに彼は面食らう。
「えっ!? ダメだよいくら君でもマイスイートハニーは譲れないよっ!?」
「これのどこがいいというのだ、所望すればいつでもくれてやる」
例によって不用意な発言によりアサシンは殴られたのだが、それはさておき。
「えー、そういうんじゃなくて……なんか、仲良くていいなあって」
その台詞を聞いた二人の表情がまた見事に対照的で、ガンスリンガーは吹き出すのを我慢した。
アサシンがきらきらとオーラすら纏っていそうな笑顔であるのに対して、忍者はまさしく苦虫を噛みつぶしたような苦渋の表情を浮かべている。本来なら怒鳴りつけるところなのだろうが、先程ローグと何かあったのかということをまだ気にしている忍者は、その話を逸らしたくはなかった。
「貴殿らも仲は良いではないか」
それがガンスリンガーとローグのことを指しているのだとわかって、ガンスリンガーは俯いた。
「でもなあ……最近、俺って邪魔なんじゃないかって思って……」
はあ、とため息を吐く。
「話しかけても生返事だし、風呂に一緒に入ろーって言ったら断られるし、喋ってたらふっとどこかに行っちゃうし……」
「……そうか」
忍者は会得したように頷いた。しかし、このことをガンスリンガーに事細かに説明するのはどうかと思う。忍者は自分が色恋沙汰の話に向いていないことを理解していたし、ガンスリンガーがローグに、友情を越えた感情を抱いていることも承知していた。
「ああーあいつってそういうやつだからねー」
唐突に口を挟んだのはアサシンだった。このアサシン、実はガンスリンガーよりかのローグとの交流は早い。軽い・適当・おちゃらけているアサシンとあのローグが何故友人づきあいを続けていられるのか、実は忍者には未だにわかっていない。
「まあでもね、君はマイスイートハニーのお友達だから教えちゃうけどっ」
へらへらと、それでもアサシンは必要なことしか言わない。忍者に仕掛けてくる言葉遊びはさておいて、必要じゃないことも言うのは大変なんだよ、などと嘯いて笑っている、そんな輩だ。
「あいつはね、嫌なことは嫌って言いまくるし、邪魔な時は普通に追い出すんだよ? 俺、何度死ねって斬りかかれたかわっかんないもーん」
そう言われて、ガンスリンガーはアサシンを見上げた。アサシンは、笑みを崩さずに頷いてみせる。
「君は、邪魔だって言われたことがあるかな?」
「そういうこと……言えないと、思ってた」
「そんなことはないよ、聞いたことがないなら、それだけ君のことが大事なんだね」
ぽんっ、と音を立てる勢いでガンスリンガーの顔がみるみる赤くなっていく。
人の恋路にどこまで首を突っ込んで良いのかわからぬ忍者は、ただそれを見ていた。
「言葉が欲しいなら、聞いてごらん。自分のことが嫌いかってね」
そう言って、アサシンは下手くそなウインクをした。きっとそんなことはないと思うけど、と付け足す。
「あ、あ、あ、あの……俺…………かっ、帰る」
「ああ、道中気をつけてな」
「がんばってねー」
ぎしぎしと、まるで絡繰り人形のようにぎこちない動きで、ガンスリンガーは家路についた。
その場に残されたアサシンと忍者は、しばらく彼が歩いていった方角を見ていた。
「……僕の言葉は、足りてるかなあ?」
ぽつりとアサシンが口にする。戯言を、と切って捨てる気分にはなれなかった。
自分では友人の心を浮かばせてやれなかったであろうことを、忍者はわかっていた。
「貴殿の言葉が足りていないならば、我は言葉に溺れている」
「僕としては、もっともーっと言いたいけどね!」
「……まだ言い足りておらぬのか」
「当然だよ。この世界に存在する全ての愛の言葉を君に捧げたいぐらいさっ」
「いらん」
「うう……っ、そういうと思ってたさ……」
しくしくと泣き真似を始めるアサシンを捨て置いて、忍者も歩き始めた。
夕陽はすでに消えかけて、きらりと一番星が光っている。



「ただいまー……」
恐る恐る、部屋のドアをくぐると、ローグはいつもと同じく振り返らなかった。
「ああ」
それが彼なりのお帰りだと知っていたので、ガンスリンガーは落ち込むこともなく部屋に入り、ローグの隣に座り込む。今日は武器の手入れではなく、盾のチェックをしていた。
「なあ、あのさあ」
くいくいと袖を引いても、煩わしげに振り払うようなことをローグはしなかった。ただそちらに目をやって、話の続きを促すかのようにじっとガンスリンガーを見つめる。
「えっとさあ、その、さ……あんた、俺のこと嫌い?」
その瞬間のローグの顔をどうしても見られなくて、ガンスリンガーは目線を外した。
反応が無いことに少し落ち込んで、だがその後数分も反応がないとくれば気になる。ゆっくりとローグの顔を見上げてみた。
目一杯眉を寄せて、苦渋に似た表情が目に入った。
「え、ど、どーしたっ」
「そう……見えるか」
聞き取りにくい声で話す。だが、ガンスリンガーは一度もその言葉を聞き逃したことはない。ローグの言葉は少ないが、一つ一つが重みを持っていた。
「てか……もしそうだったら悪いなって思って」
どうにも据わりが悪く、ガンスリンガーの口調にも歯切れがない。ローグは、そっとガンスリンガーの手を取った。
「ない」
多分、そんなことはないと言いたいのだろうと見当をつけた。
「お前がいると……楽しい。いてくれると、嬉しい」
ぽつり、ぽつりと落とされる言葉は弾丸の輝きを持っているようだった。
そしてようやくガンスリンガーは気がついたのだ。彼が不満に思っていたローグの行動、あれは照れているだけなのではないか、と。
「あ、の、さ」
ほんのりと暖かい手に包まれたまま、ガンスリンガーは言うまいと思っていたことを口にした。
「俺、あんたが好きみたいだ」
ローグは驚きに目を見開いた。ああ初めて見る顔だと思っていると、ローグはもう一方の手もガンスリンガーの手に添えた。
そうして、確かに一つ頷いたのだ。
それは照れ屋で口下手なローグの、ささやかな愛情表現だった。



End.



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