やきいも

      町から少し離れた水辺に、一筋の煙が上がっていた。
      その煙の源には枯れ木と落ち葉を集めたたき火と二人の人間の姿が見える。
      一歩引いたところで、デザートウルフの子が地面を掘っている。
      何とはなしに和やかな、そんな光景だった。
      細い木でたき火の火を調節していた剣士が、口元をおさえてあくびをした。
      「眠い?」
      近くに座っているアコライトが話しかける。
      「はあ……火にあたってるとあったかくて」
      どこかとろんとした目をしたまま、枝を少し強く動かす。
      ぱっと火花が散った。
      火ではなく剣士を見ていたアコライトは、デザートウルフのぽちが物欲しげに自分を見つめているのに気が付いた。
      そのまま、火にかざしていたペットフードを軽くさいてぽちに放ってやる。
      「そのまま寝ると髪が火事になるから、止めておいた方がいいよ」
      「いくらなんでも寝ませんって」
      ペットフードにかぶりつくぽちを嬉しそうに眺めていた彼は、そう言いながらも火から少し離れた。
      「もう焼けましたかね?」
      「どうだろう。もう少しかかると思うよ」
      しばらくの間、枯れ木のはぜる音と二人の話し声だけが聞こえていた。

      やがて辺りに美味しそうな匂いが漂い、煙が少なくなってきた。
      ほとんど灰になったたき火の下から、剣士は紙に包まれたあるものを取り出した。
      「大丈夫? 火傷しないようにね」
      「そんなにやわな手袋じゃありませんってば」
      後ろから心配そうに声をかけてくるアコライトに応えて、とっておいた葉っぱの上にそれを転がす。
      全部で四つ。
      まだ熱が残る灰に水をかけて後始末をしてから、彼らは紙をはがし始めた。
      アコライトが真ん中からそれを割ると、ほっくりとした黄色い断面が見える。
      「皮ごと食べるとお腹にいいんだそうです」
      「へえ」
      剣士はヘタのところだけを取り去ってから、少し焦げたそれに口を付けた。
      「あっつ…」
      思ったよりも熱かったらしく、口の中で転がして熱を冷ます。
      「火傷しないようにね」
      アコライトはにっこりと笑って先程の台詞を繰り返した。
      「ふぁい……」
      剣士には、おとなしく頷くことしかできなかった。

      いもを焼いてみようと言い出したのは剣士だった。
      なんでも、首都に住んでいる剣士とマジシャンに話を聞いてやってみたくなったとか。
      スモーキーの好物の『焼き芋』に似ているが、こんなに簡単に魔物の好物が手に入ったら商人の商売は成り立たない。
      おやつとして食べるのには手頃だろう。
      焼き加減を誤ると消し炭のようになってしまうのだが。
      半分に割ったところから削るようにいもを食べていたアコライトは、何かの視線を感じて顔を上げた。
      向こうの茂みから、じーっとこちらの様子をうかがっているたぬき、もといスモーキーがいる。
      一見かわいらしい外見をしているが、魔物であることにかわりはない。
      さほど好戦的な性格ではなく、アコライトが静かな目で見つめただけでびくっと身を震わせた。
      尤も、この場合はスモーキーに同情すべきかも知れないが。
      アコライトの静かな目は、下手な不良冒険者のガンつけより怖い。
      ちなみに、剣士はいもを食べるのに夢中で気が付いていないが。
      アコライトはスモーキーに精神的ダメージを与えてから目をそらした。
      よく見ればまだ小さいし、すぐに人を襲うようなものでもないだろう。
      彼はふところから小さな包みを取り出すと、中身の白い粉をいもにふりかけた。
      「それ、なんですか?」
      かけらをぽちにやっていた剣士が尋ねる。
      「塩」
      「塩……?」
      「うん、塩を少しふりかけると逆に甘みが増すんだって。やってみる?」
      「じゃ、少しだけ」
      つつみを受け取り、ぱらぱらとふりかける。
      かぶりついてみて、剣士は目をぱちくりさせて驚いた。
      「本当だ、おいしい」
      「それは良かった」
      二人は再びいもに集中しようとしたが、同時に振り向いた。
      二人の視線の先に、先程のスモーキーがびっくりした顔(だろう、多分)で固まっている。
      しばらくの沈黙の後、最初に動いたのはスモーキーだった。
      身をひるがえし、ぽってりした体格に似合わぬ素早さで逃げていこうとする。
      「あっ、ちょっと待って!」
      何を思ったか、それを剣士が引きとめようと声を出す。
      手にはいもを持ったままだ。
      逃げようとしていたスモーキーも、いもの匂いにか立ち止まる。
      「欲しいんだったらあげるよ、はい」
      まだ半分ほど残っているいもを放り投げてやる。
      「ちょっと、駄目…!」
      「へ?」
      珍しく焦った声でアコライトが制止するがそれもすでに遅く、スモーキーはいもを両手で持って食べ始めている。
      「あーあ……」
      「あれ、何かまずかったですか?」
      「いや、まあ…多分、そんな連続でってことはないだろうから」
      これも珍しく歯切れが悪い。
      あっという間に食べ終わったスモーキーは、お礼のつもりか頭の上の葉っぱを置いて去っていった。
      どうやら、アコライトの心配も杞憂で終わったようだ。
      これ以上食い扶持が増えると困るといったところだろうか。
      「あんまり、野生の魔物と仲良くしないでね……」
      「はあ」
      わかっているのかいないのか、剣士はあいまいに頷いた。


      End.






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