星を探して


      アコライトは、夜中にふと目が覚めた。
      やけに広く感じるベッドに違和感を覚え隣にいるはずのぬくもりを求めるが、そこには誰もいなかった。
      瞬時に意識が覚醒する。
      勢いよく起きあがり、上掛けをめくる。
      当然のようにそこには誰もおらず、体温もわずかにしか残っていなかった。
      アコライトは珍しく焦った表情を浮かべ、辺りを見渡す。
      闇に沈んだ部屋の中には自分以外に人影はない。
      トイレにしては長いと彼は結論づけた。
      手早く上衣を羽織り、靴を履くのもそこそこに部屋を飛び出す。
      それでも貴重品と武器を持っていくのは忘れていないが。
      静まりかえった宿の中を静かに、だが急いで彼は駆け抜けた。
      町の中でも閑静な場所にある宿屋の周りはひっそりと静かで、人の気配は全くなかった。
      とりあえずにぎやかな方へと足が向かうも、彼がそんな所へ行くはずもないと思っていた。
      今時分やっている店となれば酒場か、一夜の夢を売る店だ。
      彼は酒など全く飲めないし、わざわざそういう店に行くとも思えない。
      なにせ今日はすでにたっぷりかわいがった後なのだから。
      そうでなくても、あの潔癖な彼が自分に黙ってそんな店に行くだろうか?
      答えは無論、ノーである。
      アコライトに黙ってどころか、あの純粋培養の剣士はそのような店に行くことすら思いつかないだろう。
      ざわめく店先や道行く酔っぱらい達に視線を向けながら、彼の足は町の出口へと向かいつつあった。

      彼を探して町を歩きながら、アコライトは別のことを考えていた。
      いつから自分は、彼がいなければ安心して眠れなくなったのだろうか、と。
      自分が他人と同じベッドで眠れることなど終ぞないと思っていたのに。
      今では彼のぬくもりを無意識のうちに追い求めるようになってしまった。
      まっすぐで、何処か柔らかい雰囲気に慣れてしまったのか。
      彼のそばが自分の居場所だ、と、今ではそうとすら思っている。
      やがて町の出口が見えてきて、彼は自分でたどり着いた考えにぞっとした。
      ――もしかしたら、彼は一人で旅立ってしまったのではないか?
      そんなことはない、とアコライトは考えを振り切るように首を振った。
      大体が今夜だって、いつもと全く変わらない様子だったのだ。


      「どうする、先に行く?」
      「……後でで良いです。お先にどうぞ」
      剣士はベッドに突っ伏したまま、ぐったりとしている。
      その横で、軽く服を着たアコライトは立ち上がった。
      「じゃあ行ってくるね。寝てていいよ」
      「はあ……」
      彼の口から漏れたのは、返事ともため息ともつかない疲れた声だった。
      枕に顔を埋めたまま、アコライトの方を見ようともしない。
      見られるような状態にない、といった方が正しいかもしれないが。
      アコライトは気にした様子もなく、そのまま廊下に出た。
      この宿屋は一階の室内に水が引いてあり、自由に水浴びができるつくりになっている。
      冬など寒い時期にはお湯を沸かしてあるが、この時期なら水で十分である。
      部屋に戻ってくると、剣士は薄衣を着てベッドに腰掛けていた。
      「お帰りなさい」
      「寝てても良かったのに」
      使ったタオルをベッドわきに干す。
      「ぼくも水浴びしたかったので」
      そう言うと、ベッドに手をついて立ち上がる。
      常よりぎこちない動きになっているのは仕方がないだろう。
      「ちょっと行ってきます。先に寝ててください」
      自分のタオルを持ってドアを開ける剣士の背中に彼は言った。
      「気が向いたらね」


      そして、彼は戻ってきてから程なくして眠ってしまったのだ。
      それを見届けて、アコライトも安心して眠りについた。
      はずだったのだが。
      目を覚ましてみれば彼の姿はないし、書き置き一つなかった。
      町の外に出ると、自然に彼は走り出していた。
      何処にいるかも分からないが、とりあえず走った。
      自分でも分からない何かに背中を押されながら。
      途中丘のようになった所を一度通り過ぎてから、彼は立ち止まった。
      確証もなかったが何とはなしに、丘の上に登ってみる。
      果たして彼はそこにいた。
      丘の上で寝っ転がり、手を上に伸ばして星の数を数えているようだ。
      カウントする声がかすかに流れてくる。
      彼の姿を確認して、もはや怒ると言うより呆れてしまった。
      言いたいことはたくさんあったはずなのに、何故か一つも出てこない。
      せめて驚かしてやろうと、足音を殺して近づいた。
      「五十一、五十二、五十三、五十四」
      剣士の声がだんだん大きくなってくる。
      最後、かぶせるように彼は言った。
      『五十五』
      予期していなかっただろう声に、剣士は飛び起きた。
      その背中に、彼は声をかける。
      「こら」
      「うわあっ!?」
      アコライトの予想通りに驚いて、剣士は後ろに後ずさった。
      その顔を見ていると、今まで感じていたはずの焦りや不安が消えていくのが分かる。
      半ばパニック状態に陥っている彼は、いつもと何一つ変わっていなくて。
      全くの杞憂だったのだと、安堵した。
      「……なんでそんなに驚くかな」
      言いながら、アコライトは今会話ができることに幸せを感じていた。
      そして今更ながら、今日は星が綺麗に見えることに気が付いていた。
      そんなに余裕がなかったのかと思ったが、たまにはこんな日もあっても良いかもしれない。
      さんざん自分を心配させた報復は、きちんと返すつもりだったが。
      その後、剣士がアコライトに勝てなかったのは言うまでもない。


      End.






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