剣士はその場に腰を下ろすと、軽く息をついた。
      盾をその場に横たえると、慣れた手つきで手にはめていた手袋を外していく。
      革で作られたそれは、今日のように暑い日だと少々むれるのだ。
      その様子を、にこやかに笑いながらアコライトが眺めている。
      ここは森の中なので風は通るものの、すぐ近くには砂漠が広がっているのでかなり暑い。
      さらに惜しげなく声を張り上げる虫たちや、常に鳴き声を発している巨鳥なども数多く生息しているため
      暑苦しい。
      そんな中で汗一つかかず平気な顔をしているアコライトに少し畏怖を覚える剣士であった。
      「そういえば、蛇の体って保護色ですよね」
      「……え?」
      突然言われた言葉に、アコライトは思わず聞き返した。
      「ほら、森の中だと緑色の体が見にくいじゃないですか。だから保護色なんじゃないかと」
      「面白いこと言うね、君」
      ほめられたのか何だか見当がつかず、剣士は頬をかいた。
      「だって、この間歩いてたらしげみと区別つかなくて踏んじゃったんですよ」
      あれは驚きました、と言う剣士を見て我慢できなくなったのか、
      アコライトは口元を押さえて笑い出した。
      「何もそんなに笑わなくったって……」
      馬鹿にされていると感じたらしく、剣士はぷいとそっぽを向く。
      「ああごめんごめん、あんまり君がかわいくって」
      「! ……だから、そういう事を言わないでください、って、」
      反論しようと顔を上げた剣士は、アコライトの向こうのしげみががさがさと動いたのを見た。
      「危ない!」
      説明するのももどかしく、彼の体を思いっきり突き飛ばす。
      そして彼をかばうために左腕をのばしたのと同時に、しげみから緑色の影が躍り出た。
      がっ、と剣士の腕に鋭い牙が食い込んだ。
      手袋類を外してしまったため、蛇の牙が直接肉をえぐる感触が伝わってくる。
      剣士はとっさに、懐からナイフを取り出して蛇に斬りつけた。
      鱗が数枚はじけ飛んだ程度だったが蛇をひるませるには十分だったらしく、蛇は体制を整えようと
      剣士の腕から離れ、威嚇音を立てた。
      その間に剣士はナイフを放り、愛用の片手剣を手に取った。
      この剣には滑らないように革が巻き付けてあるため、手袋なしでもあまり問題はない。
      もう一度蛇が飛びかかってくる瞬間を狙いすまし、大きく開いた口に剣を突き刺す。
      喉を貫通する勢いでつらぬかれ、蛇はそのまま絶命した。
      蛇が完全に死んでいるのを確かめると、剣士はゆっくりと剣を引き抜いていく。
      剣を軽く振って蛇の体液をふるい落とし、剣士はアコライトに向き直った。
      「手負い、だったみたいですね。誰かがしとめ損ねたのか……。
       あ、さっきは突き飛ばしちゃってすいません! 大丈夫ですか?」
      すでにアコライトは自力で立っていた。援護に向かおうと、手にはメイスが握られている。
      「……もったいない」
      「へ?」
      ぼそり、と呟かれた言葉に剣士が反応するより少し早く、彼は行動を起こしていた。
      メイスを置いて剣士の左腕を掴むと、血を流している傷口に躊躇なく口づけたのだ。
      口づける、と言うよりは傷口全体を口中に含むようなもので、直視した剣士は赤面した。
      「な、な、な、…」
      ひたすらに『な』と連呼していると、彼が口の角度を変えた。
      それと同時に、くちゅ、と音を立てて傷口をなめはじめる。
      「――――っ」
      見ていられなくなったのか、剣士はその光景から目をそらした。
      上側が終わったらその裏も、とたっぷり数分はその行為を続けてから、ようやくアコライトは口を離した。
      血はすっかり止まっていて赤色は見あたらない。
      「はい、おしまい」
      その目で見つめられて、剣士は心臓が跳ね上がる音を聞いた。
      「ヒ、ヒールじゃ駄目だったんですか……?」
      力が抜けてその場に座り込みそうになりながら、剣士はおずおずと聞いた。
      「言ったでしょ、血がもったいないって」
      きっぱりと言い切る彼を見ながら、剣士はようやく先程の発言の意味を理解した。
      「だからって、あんな……」
      視線を落としてごにょごにょと口ごもる。
      アコライトはにっこりと、蠱惑の笑みを浮かべた。
      「助けてくれてありがとう、かっこよかったよ」
      「本当ですか!?」
      ぱあ、と剣士の表情が明るくなる。
      格好良い、と言われて嬉しくない男など滅多にいないだろう。
      「うん、お礼はまた後でね」
      「そんな、お礼なんて……当然のことをしただけですよ」
      「お礼くらいさせてくれないと、私の気が済まないし」
      「はあ……」
      困ったように首をひねる剣士の前で、アコライトは笑顔を全く崩さなかった。
      今はあまり痛まないので傷のことを剣士はすっかり忘れていたが、
      冷静に考えれば彼がヒールをかけないことが珍しいと気がついたはずだ。
      彼は傷跡が残るのを嫌うのだから。
      数時間後の剣士の運命は、アコライトだけが知っている。


      End.






小説へ