アメとムチ


      地上は、暖かな日差しに満ちていた。
      未だ冬の名残を感じさせる風がそっと頬を撫でていく。
      剣士はまぶしそうに太陽を見つめ、そっと息を吐いた。
      「ああ、良い天気だね。こんな日に地下にこもってたなんて、もったいなかったかな?」
      後ろから聞こえてくるのんびりとした声に、彼は振り返った。
      「……貴方が、それを言いますか……」
      「ん?」
      吐息と共に吐き出した言葉に返ってきたのは、にこやかな笑顔と軽い促しの声。
      「……人をいきなりポタで飛ばしたあげく、ふ、二日も監禁した貴方が言う言葉かと言ってるんです!」
      顔を真っ赤にして言う剣士を見て、アコライトはさらに笑みを深くした。
      「人聞きが悪いなあ。半分合意の上なんだから、せめて軟禁とか言ってよ」
      「同じようなものです!」
      「……ところで、いいの?」
      「え?」
      きょとん、と目を丸くする剣士の肩に軽く手を置いてぼそりと呟く。
      「こんなところでこんな話してると、どんな目で見られるかわからないよ?」
      「……!」
      彼らは首都プロンテラの城から出たところで話していたのだ。
      にぎやかな通りからは少し離れているが、案内兵の姿があったり城を抜ける人が通っていったりと、
      人がいないというわけではない。
      アコライトは途端に青ざめる剣士の腕をつかんだ。
      「だから、もうちょっと人気のないところに行こうか」
      「……はい」
      反対する理由も気力もなく、剣士は連れられるまま歩いていった。


      「って、なんで墓場なんですかーっ!」
      アコライトが剣士を連れてきた所は城の西に位置する大聖堂の裏、墓場から少し離れた所であった。
      「別に、地面のすぐ下に死体が埋まってる訳じゃないし」
      死体、という言葉に剣士は軽く身を震わせる。
      結局城壁に背中をつけて立つことにしたらしく、二人並んで城壁に寄りかかる。
      「大体、わざわざ大聖堂の裏でなくてもよかったのに」
      「ここはね、人が滅多に来ないから案外穴場なんだよ。墓は無縁仏ばかりだしね……。
       それに、あんまり歩かない場所がいいかなと思ったんだけど」
      「う。」
      そう言われると、剣士としても黙るしかなくなってしまう。
      何しろほんの一、二時間前まで足腰もろくに立たない状態だったのだ。
      「なんで貴方は平気なんですか〜」
      「鍛え方が違うんじゃない?」
      さらりと言い放たれて、思わずその場にへたりこむ。
      確かに剣士として必要なくらいの体力は持ってはいるが、彼の場合はいかに致命傷をさけて
      相手を素早く倒すかを目的として鍛練を積んでいる。
      そのため、打たれ強いとはいえないのだ。
      反面、ヒールを駆使しながら肉弾戦を繰り広げるアコライトは結構体力がついている。
      尤もこの場合、立場によって違うので一概にどうとはいえないが。
      「……なんか、情けないなあ」
      地面にへたり込んだまま、空を見上げる。
      視界いっぱいに広がる青い空は、いつもより雄大に見えた。
      上空を流れていく雲は呆れるほどに白い。
      このまま目を閉じたら、空に溶けてしまいそうで。
      あるいはそれもいいかもしれないとそっと目を閉じた。
      「こら」
      上の方から声が聞こえる。
      大好きな人の、声。
      「あんまり考え込まないって言ったでしょ」
      「…でも」
      「でもじゃないよ、全く……。あれだけ愛してあげたのに、まだ信じてもらえないの?」
      「ちょっ」
      変わらず上の方から聞こえてくる声に文句を言おうとして顔を上げると、
      視界には彼の顔が広がっていた。
      避ける暇もなく、唇が降りてくる。
      優しい口づけは、暖かかった。
      「殲滅力じゃあ、私は君にかなわないよ。そのかわり、私にはヒールがある」
      ゆっくりと顔を離して、アコライトはそう言った。
      それでいいじゃないかと、優しく微笑んだ。
      意地悪な時はとことん意地悪なくせに、こういう時彼は優しい。
      剣士が泣きたくなるほどに。
      「それで…いいんですよね」
      「うん」
      剣士がほっとしたように微笑む。
      そして、彼はゆっくりと立ち上がった。
      「何か食べに行きませんか? それとも何か買って、外で食べましょうか」
      「うん。でも、その前に」
      アコライトの声色が変わったことに、剣士が気づいたのかどうか。
      いきなり、彼の視界は闇に包まれた。
      「……えっ!?」
      両目を覆った、布状のもの。ひんやりとした感触も、覚えがあるもので。
      何よりも、布の内側が少しばかり湿っている原因もわかってしまう。
      それは、剣士が城の地下にいた間つけさせられていた目隠しだった。
      「これって、何…いや、どういうつもりですか?!」
      彼がいるだろう方向を振り返る。
      たとえ見えなくとも、剣士には彼の表情の予想がついた。
      きっと、いや絶対いつもの笑みを浮かべているのだろう。
      端から見たら爽やかな笑顔以外の何者でもない、あの笑みを。
      「目隠し。」
      「それはわかってます。とりあえず外して下さいよ…これじゃ何も見えないじゃないですか」
      「駄目だなあ、剣士たるもの心の目で見なくちゃ」
      声に笑いがにじんでいる所から、おそらく本気で楽しんでいるだろう事が予想できる。
      「無理言わないで下さい! 海の向こうのサムライじゃあるまいし……」
      変なことを知っている剣士だった。
      「とにかく、外しますよ。こんなんじゃ町を歩けません」
      そう言って、目隠しに手をかけた剣士だった、が。
      「駄目」
      彼にとって何よりも強制力を持つアコライトの声がその動きを止めた。
      「……言っておくけど、勝手に外したらここで押し倒すから」
      「……う……」
      先程までの優しい声とは違う、冷たく反論を許さない声だった。
      「そうだね、是非押し倒されたいって言うんだったら外していいよ」
      「遠慮します……」
      おろした腕が力なくだらんと下がる。
      「じゃあ納得して貰えたみたいだし、行こうか」
      「い、行くって、どこへ?」
      手を引かれるも、歩き出すのがためらわれる。
      「何か食べたいんじゃなかったの?」
      「このままじゃ行けませんよ」
      「大丈夫、私が食べさせてあげるから」
      「そういう問題じゃありません!」
      いくら反論をしていても、つかまれた手をふりほどけないところに二人の立場が見えている。
      「……大体、なんでこんなもの…」
      「もったいないから」
      「はい?」
      意味が分からず、思考が一時停止する。
      「君が他の人に見られるの、もったいないでしょ」
      一分ほど、間があった。
      「…………っ」
      ようやくアコライトの意図を察した剣士の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
      恥ずかしさに沸騰しそうな剣士に、アコライトは囁いた。
      「私と二人っきりの時は外してあげるから」
      「本当、ですか?」
      「うん」
      消え入りそうな剣士の言葉にも、力強く頷いてみせる。
      (二人きりの時は、首輪つけよう)
      などと心の中で考えていることなどおくびにも出してはいなかったが。


      それから、剣士がいつの間にか足鎖をはめられたりするようになるのはまた別のお話。



      End.






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