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     30 「二度と会わないことを祈って」


      それは爽やかな朝のことだった。

      「くっそーあの変態こそ泥め……絶対捕まえてやる」
      常駐している宿の食堂で速報のビラを見ている騎士が呟いた。
      そこには『大胆不敵! 首都の怪盗また現る』との見出しがでかでかと載っている。
      怪盗アニバーサリーからのコメントも付いていたが、騎士はそちらに興味はなかった。
      後頭部のこぶが未だずきずきと痛む。
      あのローグとの初対面以来幾度となく彼を捕まえようとしているのだが、なかなか上手くいかない。
      それどころか毎回必ず近所の奥様方に植木鉢やらダンナの灰皿やらペコペコの卵やらを投げつけられるのだ。
      騎士の頭が石頭でなければとっくに割れているに違いない。
      仲間内では、外側が壊れない代わりに中身が減っているのではないかともっぱらの評判だが。
      しかし、と騎士は窓に目をやって考えた。
      (せっかくこんないい天気なんだからどっかでぼーっとしたいよなあ……あっついお茶飲んで光合成したい)
      脳みその発達に比べてずいぶんと年寄りじみた趣味を持っているようだ。
      しかしそんな彼の穏やかな考えを打ち砕くように、一人の男が音を立てて食堂内に入ってきた。
      「おい!」
      ばんっと自分がついているテーブルを叩かれた騎士が目を上げると、そこには王国直属の騎士団の人間がいた。
      冒険者ではなく、貴族階級の名誉騎士のような存在だが。
      その男は、怪盗対策の指揮を執っていた騎士だった。
      「は、はい?」
      突然のことに驚いた騎士は間抜けな返事をした。
      男は気にした様子もなく、むしろ彼の返事など必要はなかったらしく、勝手に話を始めた。
      「本日、騎士団に連絡があった……怪盗の被害にあった人々からだ」
      「はあ」
      全く話が飲み込めないながらも適当に相槌を打つ。
      「盗まれた品物が全て手元に帰ってきたと――今まで被害にあった全員が連絡してきたんだ!」
      「なっ!?」
      想像を超える話の内容に思わず声が漏れる。
      つまりそれは、泥棒が盗んだ品物を売りもせずずっと保管していたあげく、見つかる危険も冒して持ち主に返したということだ。
      「これでは単に我々がからかわれていただけではないか! 奴は盗みを楽しんでいただけだったんだ」
      「いや、それはともかく……なんでわざわざ俺に教えに」
      「貴様は不本意ながら最も奴に接触した人間だ! 何か情報を掴んでいないかとこの私自らが聞きに来てやった」
      貴族なだけに偉そうな人だ、と騎士はしみじみと思った。
      それと同時に疑問も芽生える。
      「でも、物が返ってきたんだったらもう情報なんて無意味では」
      「やかましい、ここまでコケにされて黙ってられるか! 全身全霊をかけて奴を捕まえてやる」
      それはあんたの都合だろう、と言いたくなるのをぐっと押さえた。
      こういう人間には下手に逆らわない方が良い、と昔仲間の一人に言われたことを思いだしたのだ。
      「別に俺だって夜にちょっとしか見てないし、黒マント着た蝶仮面の男だってぐらいしか」
      「んなこたわかっとる」
      言外にそれ以外のことを言え、と睨みつけてくる男に、彼は辟易した表情を浮かべた。
      「だから知りませんって。知ってたら報告か周りの連中に知らせてますよ」
      「む……それもそうか」
      「で、わかったら周りを気にしてください」
      ここはあくまでも宿の食堂である。騎士団の目立つ格好をして大声を張り上げる人間のことが注目されないわけがない。
      そう言われて男はようやく自分が奇異の目で見られていたことに気がつき、ばつが悪そうな顔になる。
      「まあ、それならそれで良いだろう。奴は私たちで追う、冒険者の手助けはもう借りん」
      言うなり、返事も待たずに足早に食堂を出て行ってしまう。
      最後まで偉そうな態度を崩さなかった。
      「しかし……」
      運ばれてきた朝食を大人しく食べながら、誰にも聞こえない声で騎士が呟く。
      目線の先には先程まで見ていたビラがあった。
      「何考えてんだ、あのこそ泥……」


      それから数十分後、騎士は何となく初めてローグと会った路地裏まで足を運んでいた。
      別にここに来たからといって相手に会えるとは限らないが、騎士の勘がここに来るべきだと告げていた。
      背後から足音が聞こえてくる。
      「足音立てるかよ、普通」
      「こっちの方がわかりやすいかと思いまして」
      彼が振り向くと、そこには夜のままのローグが立っていた。
      シーフの少女の姿は見えなかったが。
      「真っ昼間からそんな格好して怪しまれないのか?」
      「大抵の人間の目は節穴ですから」
      蝶仮面の下で微笑む。
      「で、どーいうつもりだ?」
      じっと睨むようにすれば、彼は余裕の笑みでそれをかわした。
      「何が、でしょう?」
      「とぼけんなよ。盗んだ物を返したんだって? あんなに執着してたのに」
      実際、彼は一度逃げようとして屋根の上で騎士にマントの端をひっつかまれ、美術品を落としそうになったことがあったのだが、
      怪我も恐れずダイビングして見事その美術品を盗みきったことすらあるのだ。
      「……だって、貴方がおっしゃったんじゃないですか」
      「俺が?」
      「初めて出会った、あの日に」
      騎士は記憶を反芻した。あまりいいとは言えない記憶力だが、あの日のイメージは鮮烈だった。
      「……そういえば返せとか何とか言ったような気も」
      「よく覚えていましたね」
      話題を持ちかけたのは自分のくせに、ローグは感心したような声を出した。
      「まあ、ぼちぼち冒険者に戻ろうかと思いまして、それで返したんですよ」
      「冒険者に?」
      「おかしくはないでしょう、元々私はローグですし。まあ、犯罪者ですけどね」
      蝶仮面の位置を直しながら、懺悔というよりはむしろ楽しげに彼は言ってのけた。
      「資格剥奪とかないのかよ」
      「捕まりませんでしたから。それが約束です」
      「は?」
      「いえ、何でも」
      意味がわからない、と聞き返した騎士をローグは軽く流した。
      騎士の方もそれ以上は聞き出そうとはしなかった。
      「じゃあ、もうあんたを捕まえる必要はないって訳だ」
      「ええ、お別れです」
      楽しかったのですが残念です、とローグが悲しくもなさそうな声で言えば、騎士は俺は寝不足だった、と返した。
      言葉もなくしばらくその場に立っていたが、騎士が右手を挙げた。
      「じゃあな、もう会うことはないだろ」
      「ええ、二度と会わないことを祈って」
      ローグも同じように右手を挙げて、二人は同時に互いに背を向けた。
      そのまま一度も振り返らずに、それぞれの方向へ歩いていく。
      今日は後頭部に飛んでくる物は何もなかった。



      「さーてと……」
      首都の南門をくぐった騎士は、居並ぶ看板に目をこらした。
      臨公広場と呼ばれるそこには様々な人間が一時限りの仲間を求めて集まってくる。
      『怪盗』が首都から姿を消した日から数日が経ち、騎士もあの追いかけっこの日々とは比べ物にならないほど
      睡眠をよく取っている。
      気心の知れた仲間と出かけるのもいいが、たまには知らない人間と共闘してみるのも一興。
      同じぐらいの実力を持つ者を探してきょろきょろしていると、後ろから肩を叩かれた。
      「こんにちは」
      狩りのお誘いかと振り向けば、そこにいたのは全く予想外の人物だった。
      「あーっ!!」
      思わず指を突きつけ、大声を上げてしまう。
      至近距離でその声を聞いてしまったその人物は迷惑そうな顔で耳をふさいだ。
      その顔に、見慣れた蝶仮面はない。
      ぱくぱくと口を動かすだけで二の句が継げない騎士に、元怪盗のローグは鮮やかに微笑んで見せた。
      学者帽はそのままだがマントは黒ではなくなり、腰には短剣が下がっている。
      「お、おまっ、なんで」
      「冒険者が臨公を探してちゃいけませんか?」
      皮肉めいた口調も以前と何ら変わることはない。
      「っつか、『二度と会わない』とか言ってただろーが!」
      「あれは『怪盗姿で』二度と会わないことを祈ってたんですよ。ただの冒険者として会う分には問題ありません」
      いけしゃあしゃあと言ってのけるローグに、騎士はめまいを感じた気すらした。
      ふと、あることに気がついて聞いてみる。
      「……いつも一緒にいたシーフの子はどうしたんだ?」
      「ああ、ローゼスさんですか」
      オペラ仮面の彼女はローゼスという名前だったらしいが、騎士が知っていたはずもない。
      ローグは小さく肩をすくめた。
      「彼女は恋人が出来たようで」
      怪盗業を止めた私にはもう興味がないとか、とため息混じりに彼が言うと、騎士は大きく頷いた。
      「捨てられたんだな」
      「失敬な」
      したり顔で騎士が言ったのに間髪おかずローグは突っ込んだ。
      「まあいいや、俺は臨公探してるから。じゃあ」
      あまり関わり合いにならないうちに去ろうとした騎士だったが、マントを引っ張られた。
      「私と組みましょう」
      マントをしっかり握ったままにこやかな笑みを浮かべてくるのは無論ローグその人で。
      自分がげんなりした顔になっているのを自覚しながら騎士は言った。
      「……戦えるのかよ」
      「貴方ぐらいには」
      自信ありげに笑う相手の髪が鮮やかな金色だったことに、騎士は今さら気がついていた。
      よくわからない感情のぶつけ先に、槍の石突きを地面に軽くたたきつけた。
      「わかったよ」
      渋々、といった感じで騎士が承諾したのにローグは嬉しそうな表情を浮かべる。
      一瞬こういうのも悪くないかと思ってしまった騎士は、ローグから目をそらしたのだった。



      End.




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