28 「いい根性してやがる」
さて、誰か俺に、この状況を何とかする術を教えてはくれないだろうか。
「愛してるって言ってごらん?」
なんとかの一つ覚えのように、この言葉を繰り返すこいつから逃れる術を。
生まれて初めて女の子とつきあったのは、冒険者になる前だ。
あのころは俺も若かったから、ずっと一緒にいられるものだと思ってた。
ところが、冒険者になると告げた時、彼女にはあっさりとふられた。
なんでも『定職についてくれる人がいいの』だそうだ。
しかし冒険者は俺の夢だったし、大体歌をこよなく愛するちょっと手先が器用なだけの俺にお堅い職が似合うだろうか?
答えは圧倒的に否である。
人に言われて人生を変える気など毛頭無かったので、彼女にはそれ以降会ってない。
冒険者の中でも俺が目指していたのはバードだ。
歌と演奏を武器に戦える、まさに趣味と実益を兼ねた職業!
知らない歌も覚えられるしと一直線でバードを目指して戦ってきた。
ちょっとだけ備わっていた魔力なんかも駆使して、あまり人と組むこともなく必死で腕を磨いた。
まあ、別にずーっと戦っていた訳じゃない。
この間にも、幾人かの女の子とつきあったりしていたわけだが。
最後につきあったのは、少しきつい顔立ちをした美人のウィザードだった。
彼女は紛れもなく綺麗だったし、どうして俺なんかを選んだのかも疑問に思っていたが、まあそれなりに楽しかった。
ちなみに、二ヶ月後にプリーストに乗り換えられた。
そりゃそうだ、歌うしか能がない俺より耐えて回復もしてくれるプリーストの方がいいに違いない。
あっちの方がいい男だったしな。
彼女が幸せならそれでいいや、と諦めたがやっぱり少しは傷ついた。
酒場を回って歌を披露しまくっていたのはあの頃だったか。
こんな女性遍歴は、絶対奴には言えない。
そう、あのサドで享楽的で刹那的な変態アサシンにだけは。
何をしでかすか、いや何をされるかわからない。
それで、だ。
人並み程度には女性とつきあったこともある俺なんだが、『愛してる』なんて台詞は言ったことがない。
好きで充分じゃないか、と思うのだ。
愛ってのはそれこそ歌にさんざん使われているし、歌や楽器を愛してるかと問われればためらいなく頷くだろう。
が、人間相手にアイシテルってのはどうにもよくわからない。
歌いすぎて麻痺したのかな、とも思うが、今までつきあってきた女の子たちが好きじゃなかった訳じゃない。
好きだったからつきあった、それは確かだ。
でもどこかこっぱずかしいのもあって、愛してると告げたことはない。
『あなたはどこか乾いてるわ』なんて言われたこともある、懐かしい思い出だ。
……しかし、今は呑気に過去に浸ってる場合じゃない。
「愛してるって言ってごらん?」
そう、ここで冒頭に戻る訳だ。
「なんでんなこと言わなきゃなんないんだ」
とりあえず反論を試みてみる。
好きだった女の子にも言わなかった言葉をなんでお前に言うんだ、という本音は言わない。
俺はまだ死にたくない。
「聞きたいから」
「……じゃあ、なんか歌うよ。そういう歌詞のやつ」
俺的に精一杯妥協して楽器を引き寄せようとしたら、がっしりその手首を掴まれた。
アサシンは変わらぬ様子でにこにこ笑っている。
「それじゃ駄目。僕は君の言葉で聞きたいの」
あんたが強制して言わせても、それは俺の言葉じゃないと思うぞ。
喉元まで出かかったツッコミを必死で制止する。
どーしろっていうんだ。
「……ねえ」
不意に、声の調子が変わる。
やばいと思ったのを顔に出さなかっただけ、俺は良くやったと思う。
「愛してるって、言ってごらんよ」
表面上はあくまでも甘く、優しく。
その裏にある凍てついた感情までも読みとれてしまうから手に負えない。
「……嫌だ」
それでも素直に従うことができないのは、下手な意地なのか。
ただ単に、人間として捨ててはならないものを守りたいだけのような気もする。
「どうしても?」
口を開くのにエネルギーを使いたくなかったので、首肯するだけにとどめた。
アサシンが、少し考えるように押し黙る。
「じゃあ、ずっと耳元で愛してるって囁き続けるよ?」
「うわ」
思わず声が漏れた。
それは、伝説の生の賛歌の変換版か、催眠商法か。
死ぬほど嫌だ。
「……いい根性してやがる」
こいつも、それでも言おうとしない俺も、な。
笑顔で俺が陥落するのを待っているこいつの頭越しに、すっかり暗くなった夜空が見える。
ああ、今日は満月か。
俺は窓のガラス越しに丸い月を眺めながら、この状況から逃れる方法を頭の中で模索し続けた。
End.
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