27 「残念。もう手遅れよ」
一つの町の近くで、二人の青年が向かい合っていた。
一人は騎士の姿をしていたが、どこか精彩を欠いたような浮かない顔をしている。
対するもう一人は、バードの装束をまとってはいたが手に楽器はなく、背に弓も負っていない。
そして、左の袖が不自然に風になびいていた。
「……さて、そろそろ行かないとね」
口を開いたのはバードだった。
「やっぱりそれしかないのか?」
騎士の言葉は問の形をとってはいたものの、どこか確認の響きを含んでいた。
それに、バードは深く頷くことで答える。
「元々潮時だったんだよ、もしかしたら最初から冒険者に向いていなかったのかもしれない」
「そんなことねえよ」
ちらりと騎士の視線が、左腕があった場所を見た。
それに合わせてバードも今はない自らの左腕を見る。
「お前は、冒険者として正しいことをやったさ」
少なくとも俺はそう思ってる、と騎士は力強く言った。
バードも、少し苦い笑みを浮かべる。
脳内に一つの映像が浮かび上がった。
縋るような目でプリーストを見つめている自分、ゆっくりと首を振ったプリースト。
『残念……。もう、手遅れよ』
気丈だった彼女が自分の左肩の先から目をそらした瞬間も、驚愕の表情を浮かべた騎士の顔もありありと思い出すことができる。
単純なことだった。そして、よくあることだった。
少し背伸びをした狩り場に一人で出かけていって、力量もわきまえず倒れかけた冒険者を救おうとしたこと。
自分と相手の命が助かったのと引き替えに、腕を一本失ったこと。
それ自体は冒険者という職業をしている限り避けられないことであったし、その覚悟もあった。
ただ、彼の職業は彼が冒険者を続けることを許してはくれなかった。
バードは、楽器を操り特殊な音色を響かせることで魔法にも似た効果を引き出す職業でもある。
楽器を片手で弾きこなすのは困難である。
主武器に弓を選ぶ者が多いが、片手では弓は引けない。
彼は冒険者の道を進むことをそこで諦めた。
仲間に別れをすませ、愛用の楽器も売った。
「何をする予定なんだ?」
「畑を耕すか……牛を飼うのもいいね、いつかおれの作ったものをお前が食べるかも」
「ああ、そういうこともありそうだな」
騎士は農作業を行っているバードの姿を想像つかなかったのか、少しばかり反応に困った。
「まあ、元気でやれよ」
彼はそう言って、無造作に右手を差し出した。
少しばかり古風なところもある彼は、他人に利き腕を預けることはしなかった。
実際、バードが彼に握手を求められたのはこれが初めてだった。
「おれはどこだって変わらないよ」
軽く手を握り返す。手袋を着けたままの手は少々無機質だったが、それは冒険者の手だった。
「知ってるよ」
そう返して手を放すと、騎士はその手をそのまま上げた。
「じゃあな」
そして、いつもと変わらない口調で別れの挨拶を口にする。
もう二度と会えないかも知れない仲間に向けるには、いささか物足りないものではあったが。
バードも同じように、いつもの口調で別れを告げた。
「じゃあ、元気で」
ひらりと手を振ると、バードは、否バードであった青年は歩き出した。
振り返ることはなく、騎士がその場に立ったままであることも気がついていないだろう。
「第二の人生、か……」
彼が去ってしばらくして、騎士はぽつりと呟いた。
騎士もまた、彼の腕が二度と元通りにはならないと告げられた瞬間を思い出していたのだ。
あの時ほど自分が聖職者でなかったことを後悔した時はない。
だが、あの時ほど自分が聖職者でなかったことを感謝した時もなかった。
例えば自分が癒しの力を持っていて、それを以てしても彼を治せなかったとしたらどうだろう。
自分の未熟さを恨むと共に、とても怖かっただろうから。
彼にとっての救いになれず、自分が意味のない存在になっていくのが怖かっただろう。
そうでなくて良かったと思い、その次の瞬間には激しい自己嫌悪に襲われた。
想像するだけでも怖くなるような状況に、その時まさにプリーストは置かれていたのだ。
そして、腕を無くしたバードも、表面には出さずともどれだけ辛かったかわからない。
「最悪だな、俺」
自嘲の笑みがついてでた。
一緒に引退するなどと言っても聞くような相手ではなかった。
何よりも、それは騎士の信条に背く行動であった。
「一生遊んで暮らせるだけの金でも稼いだら、迎えにいくかねえ……」
まだ冒険者を止めるわけにはいかないと、理由を自分で作った。
また会えるかも知れない、その日のために騎士は別れの場所に背を向けた。
End.
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