25 「勝手にしやがれ」


      俺が変態サドアサシンに拉致られてから早数ヶ月、なし崩し的にまだアルベルタにいたりする。
      まあ、同棲……じゃなかったヒモ……でもなくて同居生活にも大分慣れた。
      慣れてどーする。
      ここしばらくは冒険にもまともに行けてなかったりする。
      確かにヒモというのは憧れるものだ。男の浪漫だ。
      しかしそれは綺麗なお姉様とかちょっときつめの女王様とかに囲われるからいいんであって、
      人が痛がっているのを見て喜ぶようなアサシンに飼われても何一つ嬉しくない。
      大体が、下手に冒険している時より生傷が多いというのはどういうことだ。
      擦り傷と切り傷と鬱血の跡が無くなった日なんてないぞおい。
      おまけに前回切ったまだ治りきっていない場所をわざわざ触るもんだから、治りが遅いったらない。
      楽器を弾いてやったり歌を歌うと喜ぶからそっちの腕は落ちていないが、どうにも気分はめいる。
      古めの曲の、低いところから高いところへ滑らかに変化する音が好きだと奴は言う。
      緩やかな旋律も少し寂しい歌詞も、あいつの趣味が俺とそっくりなのは何だかむかつくのだ。
      バード、吟遊詩人が紡ぐ歌はざっと三種類ある。
      短めの恋やら別れやら運命やらを歌う短曲、普通の人たちにも浸透している。
      昔の冒険記や話を歌にしたサーガ、これは結構長いし、覚えるのは大変だ。
      もう一つは冒険の時に役に立つ、魔法にも似た効果を発揮する曲。歌詞がついていないのが残念だ。
      何だかんだで歌に関しては百数種ぐらいは覚えているのだが、そう言ったら実に意外そうな顔をされた。
      自分の好きなものに関しては物覚えがいいんだよ、悪かったな。
      あのアサシンは今ここにはいない。
      ちょっと狩りに行ってくるねとふらっと出ていって数日間帰ってこない。
      今のうちに逃げ出そうかと幾度となく考えたのだが、数時間おきに耳打ちが入る。
      奴のパーティーに強制的に入れられている以上、場所も筒抜けだ。
      薄暗がりの外を見て、今日も月があることにほっとした。
      一度、新月の日にあいつが珍しくも夜に出かけたことがあった。
      本当に珍しいなと思いながら独り寝を満喫していると、何となく血臭をまとったアサシンが帰ってきた。
      いやただ単に夜中にモンスターを倒してきただけだよなそうに違いないと半ば思いこむようにしたが、
      その裏で人が死んでいたりすると後味が悪い。
      月がない日だったってのが余計に怖さを煽った。
      しょうがないのでその日から、新月の日は歌を歌ったりなけなしのプライド放り投げたりして奴を出かけさせないようにしている。
      ……なんですか、俺魔王に捧げられた生け贄の楽師かなんかですか。
      人類平和のために必死で魔王を押さえ込む楽師、ただし代償は自分の生殺与奪権とプライド、みたいなっ!
      ダメだ全然面白くない。
      そもそも俺はツッコミなんだ、ボケには向いてない。
      また気兼ねなく漫才やりたいなあと思いながら手にした弦の調子を確かめる。
      軽く爪弾くと、耳に馴染んだ音がした。
      この宿は俺がいつも泊まっていた所とは比べものにならないほどしっかりできていて、夜に歌を歌っていようとも
      周りの部屋には迷惑がかからない。というか、どんな声で叫んでも聞こえないみたいなんですけどね。
      一曲演奏するか、と楽器を構え直したちょうどその時、部屋のドアが開いた。
      「たっだいまーっ」
      とてつもなく嬉しそうな声を出しながら、楽しそうにアサシンが部屋に入ってくる。
      帰ってくるなら連絡ぐらいしやがれと内心毒づきながら、低めの声でおかえりと言ってやる。
      「しばらく会えなくて寂しかったよ」
      俺は一人で幸せでした、とは言わない。つか言えない。
      何と返そうか迷っている間にひょいと楽器が取り上げられる。
      「おい」
      不服そうに言ってもこいつは全く気にせず、軽く押し倒された。
      マントつけてなかったから床に背骨が当たって痛いんですけど。
      「ちょっと待て」
      「えー」
      声だけで制止すると嫌そうな声は上げたものの、手際よく服が脱がされていく。
      あんた人の話全く聞いてないだろ。
      「久しぶりだから、いっぱいかわいがってあげるね」
      「遠慮します」
      久しぶりって言ってもほんの数日だ、実は寂しがり屋さんかあんた。
      つい断ったのがお気に召さなかったらしく、晒された鎖骨の辺りをきつく噛まれた。
      歯形が残ったんじゃないかと思っていると、その傷口を吸い上げられる。
      「……う」
      吸血鬼に吸われているみたいだと、朦朧としはじめた頭が呟く。
      結局、止めるのに成功したことなどないのだ。
      あー、もう……。
      「――勝手にしやがれ」
      吐息に混じらせた言葉を耳ざとく聞きつけて、アサシンが笑う。
      この笑顔を好きになれたら、もっと楽になれただろうか。
      「勝手にするよ」
      今日も魔王は自分勝手だ。



      End.




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