23 「それって究極の愛じゃない?」
それはもう遠い日の話。
アクティブモンスターにたかられていたノービスを、気まぐれに助けた日。
『ありがとう! 剣士ってやっぱりかっこいいな』
純朴そのものの笑顔を向けられた時、彼の恋は始まったのだ。
「なあなあ! スピードメイルって買っても大丈夫か?」
「欲しかったらおれの貸そうか」
「いいよ、自分の装備は自分で買う」
もうすぐ転職、という状態まで来た剣士が勝ち気に笑う。
話の相手をしていた騎士もうっすらと微笑んだ。
「安めのだったらいいんじゃないか」
「おう、ありがと」
剣士は大きく手を振ると、首都の人混みの中に消えていった。
騎士はゆっくりと振り返り、家の壁に寄りかかっているハンターの女性を見据えた。
ひらひらと手を振った彼女は、呆れたようにため息を一つ吐いた。
「あいかわらず、仲がよろしいようで」
「当然」
不敵に笑う騎士を見て、まだ剣士だった頃の彼を思い出す。とりわけ、いきなりノービスを連れてきた時のことを。
「あれでまだ友達から抜け出せてないって言うんだから」
腕を組んだままのハンターに見られて、騎士は少し呆れた口調で言った。
「何を言うんだ、友達が最終目標だろう」
「はい?」
ハンターも思わず聞き返す。
彼女は、騎士があの剣士に恋しているものだとばかり思っていたが。
「……あんた、あの子のこと好きなんじゃなかったっけ」
「もちろん好きだよ、いっそ愛してるさ」
あっさりと返されて余計に混乱する。昔から騎士の思考はさっぱり読めなかったが、気に入った人はすぐものにしていたはずだ。
「恋人とかになりたくないわけ」
訳もわからずに問うと、騎士は少し気障な仕草で髪をかき上げた。
あまり似合わない。
「ふっ、甘いな」
鼻で笑われて、ハンターは少し気を悪くした。
「『恋人』は何かあったら別れるだの何だのと面倒だろう。その点あいつの気質から考えても、『友達』なら安全圏だ」
「……はあ」
何というか、それは世間様一般では歪んだ愛と言わないだろうかとハンターは思った。
彼の幸せを願っている分、純粋な恋と言えなくもないが。
「恋人ができても、奥さんができても子どもができてもあいつが真っ先に相談するのはおれだ。
おれが勝ち取った位置には、それだけの価値がある」
胸を張って言い張られて、彼女は反応に困る。
肯定するのも微妙だし、否定しても反論される気がする。
騎士がかの剣士に抱いているのは、非常に微妙な独占欲であるらしい。
相手が自分以外の人間と幸せになるのは構わないらしいが、それでも自分のことを考えていてもらいたいらしい。
ハンターは、ふいに思い浮かんだ言葉をそのまま言ってしまった。
「それって究極の愛じゃない?」
その台詞から『微妙な』という言葉が抜けてしまったのはハンターのせいではないし、勿論騎士のせいでもない。
微妙な究極の愛。
決して我が身に受けたくない愛である。
「ははは、そこまで言われると照れるな」
全く照れなど混じっていない声の騎士を、ハンターは少々諦めが混じった目で見た。
止めるべきか誉めるべきか、哀れむべきか笑うべきかさっぱりわからなかったからである。
友人のウィザードならこの場にぴったりの反応を考えてくれるだろうか。
ミニグラスをかけた知的な笑みを思い出しながら、ハンターは壁から身を離した。
剣士が戻ってくるところを視界の端にとらえたからである。
同じギルドのメンバーではあるが、ペコペコに蹴られる気は毛頭無い。
「じゃああたしは狩りに行くから、またね」
「ああ、また」
騎士はすでに剣士の方を見ており、ハンターには見向きもしなかった。
剣士が手を振ってくるのに嬉しそうに手を振り返す。
ハンターは心の中で剣士に同情しながらその場を去った。
いつもの待ち合わせ場所に彼女はいるだろうかと考えながら。
End.
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