22 「そりゃ詐欺だろ」
首都プロンテラの、中央通り。
多くの露店が立ち並び冒険者たちが行き来する雑踏の中に、ブラックスミスが座っていた。
何とはなしにやる気のなさそうな字で書かれた看板を出して、鉱石や消耗品を売っている。
ずらりと並んだ様々な種類の矢はいっそ壮観だった。
夏の盛りは過ぎ、心地良い風が吹いている、のはいいのだが如何せん人通りと露店の数が多いため
微妙に暑苦しい。隣で店を出している商人はすっかり眠りこけている。
少し通りから引っ込んだところで露店を開いているため客もあまり来ない。
そもそも秋の初めは妙に憂鬱な気分を感じさせるため嫌いだった。
商売人にあるまじきことながら暇そうにため息を吐いたとき、通りの向こうに知り合いの姿を見つけた。
早足で向かってくる姿に暇つぶしの予感を感じながら気づいていないふりをする。
すっと商品の上に影が差した。
「やっほ」
片手を上げているハンターに、にっこり笑って慇懃無礼にお約束の言葉を。
「いらっしゃいませ」
「ちっがーう!」
その反応が気に入らなかったらしく、ハンターが声を荒げる。
「何だよ、冷やかしか?」
なら帰れ、と追い払うように手を振ると、だんっと商品を並べてある台に手をつかれた。
「相談に来た友人にその態度はないだろ!」
「……友人?」
誰が? と言ってやると、ハンターはとうとう背を向けた。
「もうお前なんて知らねーよう」
「ああ、待て待て冗談だ冗談」
そのまま去ろうとする彼のリュックを引っ張って引き留める。
絶好の暇つぶしを逃す手はない。
そのまま台を避けるように引っ張って横に座らせる。
「……で、何の相談なわけだ?」
「聞きたくないんだろっ」
引っ張られたリュックを前に抱えて体育座りをし頬を膨らます様は幼稚園児でしかない。
当然と言うべきか否か、鷹は連れていない。
「いいから話してみろよ、ケーキやるから」
ほい、とカートの中から目の前に差し出されたひとくちケーキにハンターは目を輝かせ、そして苦渋の表情で身を退いた。
「ば、買収しようったってそうはいかないぞっ!」
これは餌付けというんだ、というツッコミをブラックスミスはかろうじて押さえた。
「あっそ。じゃあこれは俺が」
ひょいと手を引くと、その腕をがしっと掴まれる。
掴んだ者をじっと見ると、物欲しそうな顔で見返された。
「……欲しいんだろ?」
「べ、別に」
目は口ほどにものを言う。先人の言葉はかくも偉大である。
「いらないのか」
「ああっ」
欲しくない、と言っておきながらも、目線はケーキに釘付けである。
「……やるよ」
いい加減飽きてきたのか、ブラックスミスがケーキを放る。
慌ててハンターはそれを受け止め、嬉しさを隠しきれない顔でパックを開ける。真空なんとかという技術らしいが、
詳しいことはわかっていない。なんでも生ものを保存するのに適しているとのことだ。
「で、何だって?」
あふあふとケーキを食べ終わったハンターは、ブラックスミスに聞かれて首を傾げた。
「なにが?」
「……この鳥頭以下」
三歩歩く前に忘れてやがる、とブラックスミスはため息と共に漏らした。
「相談があるとか言ってたのはお前だろうが」
「あー、そっかそっか」
さっき不機嫌だったこともすっかり忘れて、口の周りを拭いた後にリュックをごそごそとかき回す。
ずるりと引き出したのは、一枚のマフラーだった。見たところ精錬も何もされていない。
「何だ? 新しいの買ったのか」
「うーん」
ハンターは何故かはっきりと返事せず唸る。
今ハンターが使っているマフラーは昔ブラックスミスが代講したものだ。
「いや、それがさあ、スロ付きのが欲しくて」
「ああ」
得たり、とブラックスミスは頷く。
武具にはスロットと呼ばれるカードを差すための場所が付いているものがある。
人気の高い物は魔物が落とすか青箱から出すかしかないので、自然値段が高騰する。
しかし魔物の力が封じられたカードには特殊な力が宿っているので、その力を得ようとスロット付き武器・防具を
求める者は数多い。
「それで、ちょっと見てほしいんだ」
手渡されたマフラーをしげしげと眺める。ついと一周するように指を回して眺めたが、
不思議と何処にもスロットが見あたらない。おまけに、襟首の所に『プロンテラ防具店 5000z』と
丁寧なことに値札まで付いている。
「相場よりは安かったんだけどさ」
「……ってかお前、これ店売りだろ」
ぽい、とケーキと同じように投げ返すと今度は慌てる風もなくハンターが受け取った。
「え、でも、スロ付きだって書いてあったし」
店売りよりずっと高かったし、とぐちぐちと続けるハンターをすっぱりと切って捨てる。
「そりゃ詐欺だろ」
ぴた、とハンターの呟きが止まった。
値札を見た時点で気づけよ、と思うのだが完全に看板に騙されたらしい。
がーん、という書き文字を背負ったような顔をしてハンターが俯いた。そして跳ねるように顔を起こす。
「でもほら、世の中本当に悪い人はいないって言うし!」
「現実を見ろよ」
またもやすぱっと言ってしまうと、ハンターは手元のリュックに顔を埋めた。
通りを駆け抜けていったペコペコの起こした風が、マフラーに付いた値札をひらひらと動かす。
客が一人二人やってきて商品を買っていく間、しばらくハンターはそのままでいた。
一向に顔を上げないハンターがうっとおしく、もとい馬鹿馬鹿しく、もとい気の毒になったのかブラックスミスは通りを
見たまま彼に話しかけた。
「まああれだ、社会勉強だと思って気にしないこった」
一回引っかかったら二度と引っかからないだろ、と言ってもハンターに浮上の気配はない。
先程とは違う意味でため息を吐いて、ブラックスミスは露店の商品を片付け始めた。
矢は種類別に束ね、鉱石は袋に入れ、回復薬は詰め物をしてカートに収納する。
その気配に気づいたのか、ハンターがようやく顔を上げた。
ほとんど店じまいをしてしまったブラックスミスに疑問をぶつける。
「なに、どしたの」
「狩りに行く」
「……行っちゃうのか」
まだ少し沈んだ声でハンターが口にする。
そのまま立ち上がったブラックスミスは背中を向けたまま言う。
「来たけりゃ来い」
ちなみにフェイヨンダンジョンの予定だ、と言ってからポタ広場に向かってさっさと歩いていってしまう。
その言葉が脳に行き渡るまでしばしばと目を瞬かせていたハンターは、あっと声を上げると慌てて立ち上がった。
フェイヨンダンジョンには、ソヒーがいる。
リュックを背負い直し、矢の残り数を軽く確かめて、彼はたかたかとブラックスミスの後を追った。
End.
お題へ