20 「だから嫌だと言ったんだ」 〜仮面に秘められし謎〜
すっかり日の落ちた森の中に、二人の冒険者が腰を下ろしていた。
赤く燃えるたき火を囲んで談笑している。
ローグが自らの膝を軽く叩いたのと同時に、炎の中で木がはぜた。
膝にリュートを抱えたバードは軽く笑いながら手慰みにその曲線を描く胴を撫でている。
木々の影に微かに見える月は細く笑う目にも似て、冷たい光を放っていた。
「なあ、こないだ練習してた歌聞かせてくんない?」
ほれこんな感じの、といってローグは軽く口笛を吹いてみせる。
「ああいいよー」
あっさりと請け負うと、バードは傍らに転がしていた白い仮面を手に取った。
その仮面はどこかうさんくさい笑みを張り付かせている、いわゆるスマイルマスクというものだ。
早速それを顔につけ演奏しようというバードに待ったをかけたのは当のローグだった。
「……俺、昔からお前に聞こうと思ってたことがあるんだがな」
「何さ」
どういう仕組みになっているのか、仮面を被っていても声に濁った様子はない。しかし、炎とほのかな
月の明かりのみが光源である森の中でスマイルマスクを向けられると妙に薄ら寒いものがある。
「お前は別にふためと見れない顔をしているわけじゃない。歌だって普通より上手いぐらいだ。
一体お前は――どういう了見で、演奏の時も臨公の時もスマイルをかぶりっぱなしなんだ?」
炎の照り返しをうけたローグの顔は常よりも真剣に見えるが、いかんせんその顔と突き合わせているのが
目が笑っていない笑顔の仮面のため、シリアスになりきれていないきらいがある。
質問を受けたバードはふっと顔を逸らし、(多分)遠い目で夜空の向こうを見やる。
「……男は秘密を着飾ってミステリアスになるもんだよ」
「お前の存在はミステリアスになんぞならないから安心しろ」
「えー」
ふてくされている声を出しているのだから、表情もふてくされていることだろう。
「それと、はぐらかそうとするな」
「……君はどうしてそんなことが知りたいのさ?」
仮面の下で疑問を含ませた視線を送っているであろうバードに、ローグはじとっとした目で答えた。
「あのな、お前と臨公に行った後、たまたま町で再会した人たちが俺に何て言うと思う?
誰もが口々に『あのスマイル仮面のバードさん元気?』とか聞いてくるんだぞ!?
お前に俺の気持ちがわかるか! 『スマイル仮面の相方』として世間に認知されている俺の気持ちが!」
並べているうちに気持ちが高ぶってきたのか、両の手を握り拳にしているローグである。
そんなローグを半身引いた状態で見守った後、バードはきっぱりと言った。
「ごめんわかんない」
「うわー殴りてえ」
「い、いやほら考え方を変えて……顔が売れてよかったなあ、とか」
「売れてんのは顔じゃなくて変人の称号だ!」
「変人レベルまでいかなくても……」
そもそも芸人でもないのだから顔やキャラが売れてもしょうがない、という発想はないらしい。
「ほら、あれだよ、あがって演奏失敗するとまずいから」
「……そうか? 俺はかぶってる方が失敗しやすいと思うんだが」
視界も狭くなるし、というローグにはそういう問題じゃない、と返す。
しかし二人きりの時も頑なに演奏中仮面をかぶり続ける理由は言わないままで、ローグはあるアイデアを言った。
「よし、とりあえず今外して歌ってみろ」
「えー……嫌だ」
「だからなんでだよ!」
「絶対後悔するって!」
「このままこの話を流されるよりは後悔しない」
じーっと見つめてくるローグの視線が怖かったのか、バードは渋々仮面を外した。
現れた顔はちょうど苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。
「ほんっきで後悔しない? いきなり『お前とはもうやってられない』とか昼メロ台詞口走らない?」
「その例えはよくわからんが、少なくとも後悔はしない」
「……おれは止めとけ、って言ったからね」
妙に長い前置きの後、バードはリュートに指を滑らせた。常と変わらぬ音が森の一角に響いていく。
普通じゃないか、とローグが呟こうとしたその時。
前奏が終わった。
夜に眠っていたはずの鳥たちが一斉に飛び立ち、数羽が木の枝に頭をぶつけて地に落ちる。
小動物は我先にと森の更に奥へと消えていった。
最初に外れたのは歌か楽器か。
音程の問題ではなく、もはやリズムも何も関係のないかのようにすら思わせる。
グローブのない手が紡ぎ出すのは、耳障りでしかない金属音。
そしてその歌声は、擬音で表すならまさしく『ホゲー』。
有り体に言うなら、果てなく音痴な歌であった。
地獄の責め苦か悪魔の拷問か、という三分間を終える頃には、ローグはひっくり返ったままリアクションの
一つも取れない状態でいた。
演奏を終えたバードはそんなローグを見てため息を吐く。
「だから嫌だと言ったんだ」
その言葉に応える者は、誰もいない。
いつの間にか月までもが雲に隠れてしまっていたのに起き上がったローグは気が付いた。
憔悴しきった彼がバードに目をやると、彼は大げさに肩をすくめてみせる。
「……わかった、俺が悪かった」
開口一番のローグの台詞に、バードは鷹揚に頷く。
「わかっていただければ幸い」
「つかまああの歌についてのコメントは差し控えるとして、何でスマイルかぶると普通なんだ……?」
実にもっともな疑問をぶつけてみる。
実際スマイルマスクをかぶっている時の彼の演奏は普通以上であるし、音を外す方が珍しい。
んー、とバードは軽く頬の辺りをかきながら言葉を探した。
「遺伝だから?」
「は?」
「いや……話すと長くなるんだけどね、おれの父親は語り部のようなものをやってるわけ」
ちなみに母親は踊り手ね、とつけ加えられる。
「んで、実は二人は駆け落ちしたらしいんだ」
いったい何の関係があるんだ、と思いながらも口は勝手に言葉を紡いでいた。
「情熱的な父さんだな」
「へ? 違う違う、父さんの故郷から母さんが無理矢理連れ出したの」
父さんにそんな甲斐性ないって、とぱたぱた手を振るバードを見て、ローグは彼のルーツを一瞬垣間見た
ような気すらした。
「閉鎖的な部族だったみたいでね、常に仮面を付けていたらしい」
どっかで聞いたことがあるようなとローグが首をひねっている間にも話は進んでいく。
「だから、父さんは仮面をかぶってなきゃ人と話すことすら出来ないんだ」
「はあ……」
「それが一部遺伝して、おれは見事仮面をかぶってないと歌えない体質になったのでした。おしまい」
「何もかもが間違っている気がする……」
がっくりと肩を落としたローグはたき火を見つめる。
たき火がずいぶん小さくなったように見えるのは目の錯覚か何かだと信じることにした。
「これでもう外せって言わないよなー?」
「命に関わると思い知ったからな……」
あまりにも常識の斜め上を行く前提と人知を越えた結論にダメージをうけたらしく、ローグはぼんやりとした
頭で頷く。ふらふらした体からは先程の歌のダメージも消え去っていない。
冗談抜きに命の危機を感じたローグは、これから一切バードの仮面について口出ししないことを誓った。
バードがゴブリン仮面の収集に凝り出したのは、それから10日後のことであったという。
End.
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