19 「百年早いんだよ、バーカ」


      「あー、だりい」
      壁際に座り込んだプリーストは、息と共にそんな台詞を吐いた。
      「うっわやる気無さそー」
      同じ壁面に寄りかかったアサシンがおどけた口調で突っ込む。
      ダンジョン特有のじめじめした雰囲気と、軽く負った傷がプリーストのやる気をそいでいた。
      「着いてまだ十分だぜ? 群れにも一回しかあたってないし」
      「その一回が問題だ」
      ダンジョン内を散策している最中に遭遇したのは冒険者が魔物の群に飲み込まれていく場面だった。
      その冒険者はかろうじてカプラサービスに引っかかったらしくそこから姿を消して、残された魔物がどうするかはいうまでもない。
      精神力があまり残っていないのもプリーストの機嫌を損ねているのかもしれない。
      しかし、アサシンは彼が怒っている理由を知っていた。
      「そんなに神に縋る奴が嫌いかねえ」
      わざと明後日の方向を見て呟けば、悪意たっぷりの視線を向けられた。
      右隣からひしひしと感じるプレッシャーを和らげるようにアサシンは肩をすくめる。
      「さっきの奴が消えてから、ずーっと眉間にシワ寄ってるっての。跡が付くぞ」
      ただでさえ凶悪なツラなのに、という言葉は心に納めておいた。
      下手をすれば彼が一人で何処かへ飛んでいってしまう可能性もある。
      しかしいつまでもこんな状態の彼につきあってはいられない。
      先程の、魔物にやられた冒険者は確かに『神様』と言って消えていった。
      見える程度の距離に同業者がいたにもかかわらず、である。
      「神様なんていやしねーんだよ」
      吐き捨てるようにプリーストが言う。アサシンは前を向いていたので、表情は見えなかった。
      「ありもしねーもんに縋りつくなんて、馬鹿だ」
      「ほんとーに神官に向いてないよな、お前」
      いつもと同じ台詞を言えば、いつもと同じようにうるさいと返ってくる。
      意味のない雑談は、時間つぶしに最適だった。
      「でも、お前の支援はちゃんと届くよな」
      視線を彼の顔に合わせてみれば、少しむっとした表情が伺える。
      実際彼とて、心底神を信じていないわけではない。
      ただ単に、神が嫌いなだけだ。
      「俺は別に神様がいてもいなくてもいいけどさ、お前がいなけりゃ困るわけで」
      「ヒールとグロリアがなくなるからか?」
      皮肉な口調でプリーストは口の端を上げてみせる。相手を挑発する顔が必要以上に上手かった。
      「それもあるし。お前がいないと退屈だし」
      それをアサシンはさらりと受け流す。真剣な表情はしていない。
      「お前だって俺の『運』は信じてるだろー?」
      未だおどけた態度で問えば、彼は鼻で笑った。
      「蜘蛛がカード落とすぐらいには信じてやってる」
      「うわー高いのか低いのかわかんねえ」
      蜘蛛、ことアルゴスのカードは手に入りやすい、と言われている。尤も目当てのカードが手に入らない者の体感だが。
      「まああれだ、俺はお前のことを信じてるし頼りにもしてるんだよ、といいたいわけだ」
      うんうんと一人で勝手に頷いてからプリーストの方を見ると、彼は声を殺して笑っていた。
      しかも腹まで押さえる念の入りようである。
      「っててめえ! 人が慣れない台詞吐いたってのに!」
      「……あー、ほんっとに似合わねー……」
      くっくっく、と低い声で笑う彼の目尻にはうっすら涙まで浮かんでいる。
      いっそのこと喉かっさばいて笑い止めてやろうか、などと物騒なことを考えたアサシンがそれを実行する前に、
      座ったままプリーストが彼を見上げて言った。
      「百年早いんだよ、バーカ」



      End.




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