AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する






     18 「敵わないねぇ、どうも」


      薄暗い酒場の一角、出入り口からも厨房からも最も遠い席に一人のアサシンが座っていた。
      店内はそこそこ賑わってはいたが、四人がけのテーブルに一人で座る彼に相席を申し出る者はいなかった。
      小さなグラスにつがれた純度の高い酒をちみちみと飲むアサシンの髪は黒。
      ちょうど光の輪から半分外れているためか、どことなく存在感が希薄だ。
      何がおかしいのか、入り口近くのテーブルでどっと笑い声が起こる。
      店の奥に申し訳程度に作られたステージに灯りがともる。
      それに気づいた客たちがそちらに目をやると、一人のバードが手に持った楽器の調子を確かめている。
      アサシンもちらりと彼を見たが、すぐに興味を失い、その視線を外す。
      バードは前置きも何もなく、前奏をかなではじめた。
      この酒場では、たまに小遣い稼ぎのバードやダンサーが自らの技能を発揮することがある。
      彼が選んだのは、十年ほど前につくられた古い歌だった。
      どこか寂しげな旋律がいったん途切れ、滑り込むようにバードの声が歌詞を紡ぐ。
      アサシンは、はじかれたようにステージを凝視した。
      緩やかで穏やかな伴奏に、低い歌声が染み渡っていく。
      弦の上を滑る指の動きが激しくなっていき、テンポが上がる。
      厚みがある柔らかな声が高い音域を駆け上がる。
      上りきった後は一転して小さな音になり、少しの間奏を置いて再び朗々と歌い上げる。
      余韻を残して曲が終わっても、アサシンはステージを見ていた。
      ステージ近くのテーブルから拍手が起こり、それが少しずつ広がっていく。
      少し照れた顔をしたバードが右に左に軽く頭を下げる。
      はにかむような笑みがアサシンの目に焼き付いた。
      「お兄さん! リクエストできるかい」
      ステージから少し離れたテーブルの客が帽子を振って注意を引く。
      「いいっすよー」
      商売用の笑顔を浮かべながらバードが快諾すると、客は最近の恋歌の名をあげた。
      「んー、あんま自信ないけど。やってみっか」
      自信が無いという割にはぶれのない声は外見から察するより落ち着いていた。
      最初の音を探してさまよっていた指がぴたりと止まる。
      アップテンポの曲が始まったのとほぼ同時に、ブラックスミスがアサシンの向かいに腰掛けた。
      アサシンがステージから彼に視線を移すと、彼は店員に注文しているところだった。
      一礼した店員が去っていくと、彼はアサシンに笑いかけた。
      「よお」
      「……こんばんは」
      自分の時間を邪魔されて少し機嫌を悪くしたのか、その声はいつもよりも低い。
      「何だよ、俺に会いに来たんじゃないの?」
      「そのつもり、だったんだけどね……」
      グラスをテーブルに置き、右手の指先で頭を支えるように肘をつく。
      手の影になった目は、目の前のブラックスミスではなくバードを見据えていた。
      「見つけた」
      くす、と小さな笑みを漏らせば、うわと顔を歪めてブラックスミスが少し身を退く。
      「今にも人一人殺りそうな顔してるよ」
      「そうかな?」
      声は普通で威圧感など感じないのだが、彼の裏の顔までも知っているブラックスミスにはその方が恐ろしい。
      「発散した方がいいんじゃない? こんぐらいで」
      ぴっと二本の指を立てたが、アサシンはやんわりとその指を押し返して断る。
      「遠慮しておくよ、壊したら君の恋人に悪いからね」
      「……それは相当だなー」
      運ばれてきたグラスを軽く手を上げて受け取るとそのまま口を付ける。
      「じゃあ、もう俺はお役ご免かな」
      笑みを崩さないで言うブラックスミスに影はない。
      「そういうことになるかな。僕は本命一本にしか愛を注げないから」
      「気の毒だよねー、本命さん」
      「失礼だね」
      ステージの方をもう一度見たままアサシンが言う。
      「どんな感じだか手出してみていい?」
      おどけた口調で言ったのに、返ってきたのは冷徹な言葉だった。
      「やってごらん? 殺すよ」
      流した目は昏い感情に覆われていて、隠しきれない劣情が溢れ出ているかのようで。
      背筋が冷たくなったブラックスミスは半ば慌てて肩をすくめた。
      「敵わないねぇ、どうも」
      それを聞いた彼の唇が歪み、微笑みがいっそう深くなる。
      「決めたからね」
      正面からステージを見やる。何も知らないバードの姿がそこにある。
      「……彼は僕のものだ」
      折しも、彼が奏でる歌は敵わぬ恋情を歌い上げるものに変わっていた。



      End.




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