17 「人の忠告は聞いて置くべきね」
「あんた、いつか痛い目見るわよ」
「へ?」
唐突にギルドメンバーの一人であるセージに言われて、アサシンは目を丸くした。
最近半攻城戦ギルドとして台頭してきたギルドでも彼は古株に当たる。
先日落とした砦の修理の間、町に繰り出した場での発言だった。
現在周りにギルドの仲間はおらず、アサシンはまじまじと彼女を見つめる。
「……や、戦闘で手抜きしたことはないけど」
「そうじゃなくて、あんまり人に優しくするのを止めなさいってこと」
「何だよ、それ」
本気でわかっていなさそうなアサシンに、セージは深くため息を吐いた。
「今日町中だけでも、転んだアコさんに手を貸したり道がわからないノービスに教えてあげたりしたでしょ」
「ふつーのことじゃないか、別に」
「他の人がやるぶんには構わないけど、あんたの場合……」
意味深に言葉を切って目をそらすセージの姿に、やたらと不安感を煽られる。
なんなんだと口にしかけたが、後ろからかかった声の方が早かった。
「あら、もう買い物は終わったの?」
あくまでもやんわりと、聞き心地の良い声。
聞き覚えのある声に、アサシンはぱっと顔を輝かせて振り向いた。
「いや、もーちょっとだけどさ。良かったらそっちの買い物につきあおっか」
「そうね、一緒に見て回りましょうか」
長い髪のプリーストはにこやかに笑みを作る。
彼女はアサシンの相方であり、恋人でもあった。
アサシンに、ぱたぱたと動くしっぽが見えたのはセージの気のせいであろうか。
「そういえば、何か用があったのかしら」
「……いーえ、ちょうど終わったトコだから。じゃあまた後でね、お二人さん」
おざなりに手を振ると、二人とも談笑しながらその場を去っていく。
残されたセージは、何とも言えない顔でもう一つ息を吐いたのだった。
「……わりい、俺もー寝るわ」
プリーストが風呂に入っているため暇だったのか、アサシンはローグ相手に延々と本日のデートについて
語っていた。流石に耐えかねたらしく、砦の一室で集まっていた中でも早いうちにローグは席を立つ。
「えー」
まだ話したりないのか、アサシンは不満げな声を出す。
ローグは勘弁してくれと頭を掻いた。ぼちぼち夜の修練をしているクルセイダーが戻ってくるのだ。
「そろそろ戻った方がいいんじゃないすか? お風呂から出た時部屋で待たれてた方が嬉しいっすよ」
「え、そんなもん?」
「そんなもんっす」
楽器を抱えていたバードがこくりと頷く。
彼の口調は癖らしく、ギルドに入ってからずいぶんたつのに全く変わらない。
「んじゃ、俺もお先にっ!」
とたんに元気になり、しゃきっと片手を上げてあてがわれている部屋の方へと行ってしまう。
一応恋人同士、ということでプリーストとアサシンは同じ部屋をもらっている。
彼がいなくなって、少しの間広間に沈黙が落ちる。
数回目配せが行われ、無言のうちに件のセージとバードが立ち上がった。
「そこに座りなさい?」
風呂上がりにもかかわらずきっちりとプリーストの衣装を着こんだ彼女は、床を指さしながらそう言った。
自分はベッドに腰掛け、ゆっくりと足を組む。
裸足のくるぶしが妙に眩しく思えた。
「え、えっと……?」
いきなりそんなことを言われたアサシンは、戸惑ったまま立ちつくしている。
「お座り、と言っているのだけれど」
「は、はい」
口調の裏に潜んだ何かを鋭敏に感じ取ったのか、アサシンは示された床に正座する。
「ねえ……貴方は本当に私のことが好き?」
言葉と同時に怪しげな仕草で顎をなで上げられ、アサシンは喉を鳴らした。
「当たり前だろ、好きだよ」
今さら恥じることもなく、自分の顔よりも上にある彼女の目を見ながら言う。
その答えに、プリーストは満足そうに微笑んだ。
「その割には、他の人のことを気にするわよね。お人好しなのもいいのだけど」
ぎりっ、と綺麗に調えられた爪がアサシンの頬に傷を作る。
少し歪んだ彼の顔を見て、プリーストは自らの唇を舐めた。赤い舌が目に焼き付く。
「私だけのモノになってほしいの」
プリーストは彼の返事も待たず、するりとスリットを滑らせた。
白い太股に黒いガーター、はいいのだが、そこに作られたホルダーには黒い鞭が束ねられて収められている。
「へ」
嫌な予感にアサシンは身を強ばらせた。
彼の記憶では、あのホルダーには短剣が収められていたはずだ。聖職者たる彼女だが、護身用だと
にこやかに出し入れする様を幾度と無く見ている。
今までのゆったりとした動きとはうってかわって、素早く彼女は鞭を引き出した。
そのままの勢いで床を叩く。
乾いた物同士がぶつかり合う、実にいい音が部屋に響いた。
すぐ横を風を切って飛来した鞭に、アサシンは身をすくめる。
「なっ……なんでプリーストが鞭使えるんだっ!?」
もっともな彼の言葉に、プリーストは嬉しげに目を細めた。
「トットに教わったのよ」
トット、とはギルドメンバーの一人で、職業はダンサーであるのだが、踊っているよりも鞭を振るっている時
の方が多いという変わり者である。
いつから彼女に教わっていたのかはわからないが、しなる鞭は乗馬用の鞭などより扱いにくく、振るには
技術が必要である。しかしプリーストは、まるで体の一部のように扱っている。
引きつった笑顔を浮かべながら、アサシンはダンサーに対する恨み言を頭の中で並べた。
「と、とりあえず待ってくれ、なんでいきなりそういう展開になるんだ!?」
素早く立ち上がると両手を胸の前に持ってきつつ、じりじりと後退する。
「速度減少」
天使のごとき微笑みを浮かべながらも、無慈悲に彼女はアサシンに呪文をかけた。
途端に体が重くなるのを感じる。
このままでは逃げるどころか、鞭を振るわれたとして避けることも難しい、と思った時だった。
見惚れる程の曲線を描いて、彼女の鞭がアサシンの足をすくう。
アサシンは避ける間もなく、派手にその場に転んだ。
なんとか顔を上げると、立ち上がったプリーストは両手でぴんと鞭を張っていた。
「なんでって……楽しいじゃない?」
口元に浮かぶ笑みは妖艶で、到底普段の彼女からは想像できない。
声にならない叫びがアサシンの喉をついて出た。
「……人の忠告は聞いて置くべきね」
「お、恐ろしい世界っすね」
ドアの隙間からこっそりと覗いていたセージとバードは、そうそれぞれに呟いた。
音を立てないようにドアから離れ、その部屋から離れたところではーっと息を吐く。
「全く、こうなる前に気をつけろって教えてあげたのに」
「野生の勘は女性相手では役に立たないみたいっす」
本人が聞いていないと思ってなかなか好き勝手なことを言っている。
「明日、起きてこれるかしら?」
今日買い損ねた物を買いに行こうと思ったのに、とセージが言えば、苦笑いを浮かべたバードが答える。
「五分五分じゃないすか」
返ってきた答えに、仕方がないかと肩をすくめる。
アサシンに密かに同情したバードは、心の中で十字を切っておいた。
End.
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