13 「自分が可愛いだけだよ」
風が冷たくなってきた秋の日の午後、アルベルタの潮風も例外ではなかった。
そんな中、風にも負けずに庭ではしゃぐ子どもたちの声がアルベルタの一角ににぎやかに響く。
冒険者を半引退している騎士が私財を投じて構えた、孤児院の子どもたちの声であった。
「よう! 元気にしてたかー?」
門の横の塀の向こうからひょっこり顔を見せたバードの声に、子どもたちはそちらを注目した。
ひらひらと手を振ってみせるバードの姿を認めて、はしゃいだ子どもたちが塀まで集まる。
「バードのにいちゃんだ!」
「おにいちゃんなんでずっとこなかったのー?」
「おれ、きらきらぼしひけるようになったぜ!」
我先にと口々に話しかけてくる子どもたちに苦笑でしか返せないバード。
とりあえず玄関から入ろうか、と子どもたちを止めにかかった時、建物の中から騎士の姿が現れた。
何をやっていたのか、エプロン姿が妙に似合う。
「やっ、蚤の市ぶり」
「お久しぶりです! というか、早く中にいらしたらどうです?」
孤児院の長である騎士は丁寧に会釈すると、門の方を指した。
しかしバードは少しためらった。
「あ、あのさ、連れがいるんだけど」
一人で出かけることをどうしても許してくれなかったので。
「もしかして、以前のアサシンさんです?」
「です」
こころなしか肩を落としてバードは認めた。
彼とは昔からの友人で、どこかのアサシンに捕まる前は友人のよしみで月に二、三回ここへ来て子どもたちと
遊んでいたのだが、軟禁の憂き目にあったため顔を出せない日々が続いていた。
以前、まだ夏も終わらない頃に開かれたアルベルタの蚤の市でバードは偶然この旧友と会った。
当然というか何というかアサシンも一緒にいたため、なし崩しに彼らも互いの顔ぐらいは知ることとなった。
「……ところで、そのアサシンさんはどこに?」
言われるとバードは少しきょとんとして後ろを振り向いた。
「あれ?」
子どもたちに声をかける前までは確かに背後霊のごとく後ろに突っ立っていたアサシンの姿が見あたらない。
「おかしいな」
バードが首を傾げた時、建物の裏手から何かをひっくり返したような音が聞こえてきた。
流石に冒険者二名がはっと顔を上げ、視線を交わして走り出す。
子どもたちが何事かと後を追いかけようとしたが、騎士が走りながら振り向く。
「君たちはそこを守ってて!」
平和な町の中で守るもなにも無いように思えるが、そういう風に言われて子どもとしても悪い気はしない。
庭の隅で子どもの様子を見ていたまだあどけない青年も子どもたちのところへやってくる。アルバイトらしい。
さほど大きくない庭を抜け、目配せして建物の両側から挟み込むように裏手に回り――
その光景を目の当たりにして、バードは思いっきり脱力した。
反対側の角を曲がってきた騎士も、半ば呆然と状況を眺めている。
なるほどさっきの音はこれだったのだろう、倒されたゴミ箱。勝手口が近くにあることからして
裏庭にゴミを置いておくことにしているらしい。
そしてゴミ箱から少し離れたところで、絶え間なく響く澄んだ金属音。
その音を出している一人は言うまでもなくアサシンで、その顔には常にない緊張感が浮かんでいる。
もう一人は前髪が長いウィザードだが、短剣一本でアサシンと渡り合う姿は素晴らしいの一言だろう。
ただし、彼が騎士とお揃いのエプロンをつけていなければ。
室内故マントは外していたらしいが、ウィザードの正装の上にエプロン。
どうにも違和感が拭えない一方で、案外似合うかもと思わせるところが恐ろしい。
しかし何よりもバードが疑問に思ったのは、状況からしてゴミを捨てに来たところであったに間違いない
ウィザードが何故短剣を帯びているのかということだった。冒険者の常として、なのだろうか。
ひとまず止めねばと、バードは素早く楽器を構えた。
思いきり不協和音を奏でる。
さすがに動きを止め、音の発信源を見る二人は、そこにバードの姿を見て武器を下ろした。
「何やってんだよ、お二人さん」
バードにとってもアサシンにとっても、ウィザードと初対面というわけではない。
蚤の市で騎士にあった時、彼の連れがこのウィザードだったのだ。
「ごめんねー、ちょっと覚えのある気配感じたもんだから」
日常生活であっさり気配を読みとらないでいただきたい。
「彼にいきなり斬りかかられたものでな」
「け、怪我とかしてませんか!?」
我に返ったのか、慌てて騎士がウィザードに駆け寄る。
上から下まで何回もチェックして、ようやく安心したように息を吐いた。
「大丈夫だ、彼も本気ではなかった」
ウィザードが息も切らさず言うのに、バードはげっと顔色を変えた。
「あれで両方が手抜いてたのか……」
ふっと人外、という単語が頭をよぎるが、アサシンと一緒にしては気の毒だと慌てて首を振って考えを打ち消す。
「というわけで、彼と稽古することになったから」
「はい?」
いつの間にか真横に来ていたアサシンの言葉の意味がわからず、思わず聞き返す。
「彼の仕事がしばらく空くって言うんで、稽古することにしたから。遊んできて良いよ」
ぎょっとして騎士とウィザードの方に視線を向ければ、ウィザードは黙って頷いた。
「あ、今冒険の方が一区切りついたって言うんでここの手伝いをしてもらってるんです」
騎士が補足するが、バードが言いたいのはそんなことではない。
しかし何を言っても無駄な気がして、力の抜けた声で彼は忠告した。
「とりあえず、流血沙汰だけはやめよーな……」
願った、といったほうが正確かもしれない。
何とか気を取り直したバードは、建物の中の遊戯室に子どもたちを連れて行った。
何曲か子ども向けの曲を弾くたびに嬉しそうな拍手がおこる。
以前楽器を教えた子どもと一緒に演奏したり、合唱してみたりとバード本人も楽しげである。
ちなみに騎士とアルバイト君はおやつの用意をしている。
「ねえねえ、おにいちゃんどーしてずっと来なかったの?」
次は何がいい? と聞いているところで女の子から声がかかった。
「えっ、いや、別に……」
先程からずっとこの手の質問をごまかしていたのが災いしたらしく、あちこちから声があがる。
「そーだよなー、なるべく早くくるっていってたのに」
「うそつきはどろぼうのはじまりですよ」
「おにいちゃんしーふじゃなくてバードだよ」
「あたしたちのこときらい……?」
挙げ句の果てに小さな女の子が涙をにじませてしまい、バードはますます慌てた。
別に幼女趣味があるわけでもなく、女の子に泣かれると弱いので。
「絶対そんなこと無いよ、あのな、俺が来れなかったのは……」
ごまかしていてはいけないと改めて説明しようとして、バードは言葉に詰まった。
子ども向けの説明とはどんなものだろう、と。
事実をありのままに言うわけにもいかず、適当にぼかしても突っ込まれる危険性がある。
結果、最も曖昧にしてシンプルな理由にした。
「ちょっと色々あってな、外に出れなかったんだ」
「えーっ、なんでさ」
「おとななのにー」
「ひょっとしてびょうき?」
当然、好奇心旺盛な子どもたちが納得するはずもない。
更に詰め寄られて、困ったなと自分の頭に手をやった。
「どっちかというと人災だ」
じんさいってなーに、という囁きが子どもたちの中を通り抜けていく。
耳慣れない言葉に興味がいってくれればと思っていたが、そうは上手くいかなかった。
「ごまかさないでっ」
さっき口火を切った女の子だった。腰に手を当ててバードを見据える姿は将来の大物を予感させる。
「よーするに、来たかったの? 来たくなかったの?」
「来たかったよ、決まってるじゃん」
「じゃあどーして来なかったの?」
ふっとバードは口をつぐんだ。
どうして来なかったのか、は決まっている。アレの許しが取れなかったからだ。
しかし、根底の理由はこれかも知れないとバードは彼方を見たまま言った。
「自分が可愛いだけだよ」
遠くの方を見つめて妙に悟った声を出すバードに、子どもたちも何かを感じたのか黙った。
「で、でもさ、こんどはまた来てくれる!?」
一番背の高い男の子がわざと大きめの声を出す。
子どもたちに視線を戻したバードは、にかっと笑んだ。
「もちろん! 冬までには来るよ」
「ほんと?」
「やくそくよ、やくそくー」
「おう、指切りでも何でもしてやる」
また皆が活気を取り戻したところで、タイミング良く騎士が顔を出した。
「みんなー、おやつの時間だから手を洗って食堂へ集合!」
「はーい」
何人もの子どもたちが一斉に返事をして、我先にと流し場まで走っていく。
べっこう色の木を張った床に座ったままバードは騎士を見上げる。
ちょうど騎士もバードを見ていた。
「また来てくださいね」
「あたぼーよ。ところで、俺の分のおやつはあるの?」
「ちゃんと用意してますよ」
その前に二人を呼んでこないと、と言われバードは嫌そうに顔をしかめる。
「まだやってんのか、あいつら」
「僕は子どもたちを見てますから、よろしく」
笑顔付きで言っておいて、自分はあっさりと部屋から出て行ってしまう。
おいおい、と座り込んだまま一人ごちる。
「……しゃーない、行くか」
子どもたちを待たせるのも悪い、と大儀そうに立ち上がると、勝手口へと歩を進めるのだった。
End.
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