10 「何か言い残す事はあるか?」


      アサシンは、どこまでも続く青を感じていた。
      目は開けているはずなのに、そこには青色しか見えない。
      薄い青から濃い青に、全ての青色を集めたような不思議な色合いに見惚れる。
      何かに包まれているような安心感、どこかで穏やかな気持ちになれた。
      体中が青に包まれ青に染まり、やがて周囲と同化するように――。
      こぽり、と銀色の泡が上っていく。
      ゆらりゆらりと揺れながら、水面でぱちりとはじける。
      ――水面?
      ゴーグルをつけたアサシンがそれに気がついた時、上から穏やかな空気をぶちこわす怒鳴り声が聞こえてきた。


      「つーかてめえいい加減に起きやがれーっ!」
      意識が覚醒したアサシンは、ばしゃりと大きな水音を立てて起き上がった。
      その瞬間、オボンヌの攻撃が彼を襲う。
      「うどわっ!?」
      慌てて立ち上がろうとしたがすでに遅く、凄まじい握力を以て二の腕を握られる。
      喉元を食いちぎられそうになった時、倒れても離さなかった短剣で相手の胸に突き刺した。
      この世のものとは思えない悲鳴を上げながら後ずさったオボンヌを、容赦なく追撃する。
      横では、ペコペコに乗った逆毛の騎士が槍を振るっていた。
      さっぱり状況が飲み込めぬまま敵を斬っていたアサシンだが、ペコペコのどこか申し訳なさそうな目を見て
      自分が置かれていた状況を理解した。
      ここはイズルードの海底洞窟、通称伊豆の地下三階であり、どちらかといえば漫才の相方である騎士と狩りに来たこと。
      確か何匹かに囲まれて、殲滅しようと飛び出した時だったと思われる。
      ペコペコが誤って、アサシンの後頭部を思いっきり突っついたのだ。
      それが運悪くもスタン状態を引きおこし、さらに邪魔だとか言って騎士に吹っ飛ばされた。
      その結果洞窟内の水溜まりに全身つかることになったのだった。
      下手をすれば永眠していたのではと思い立って、アサシンは顔を青ざめた。
      自分の前にいたオボンヌを片付けると、騎士がマグナムブレイクで巻き込んだらしいカナトゥスを切り捨てる。
      内心食べたら美味いだろうかと考えているのは内緒だ。
      ちなみに、ペコペコにつつかれたからといって彼がペコペコに嫌われている訳ではない。
      どちらかといえば彼は動物好きの上、双方とも相方が同じということもあって人と魔物であるにもかかわらず
      妙にウマが、もとい鳥が合ったのだ。
      そんなわけでアサシンをつついてしまったのを気にしているのか、ペコペコは彼の方を気にしている。
      おおかた目に見える範囲内にいる敵を殲滅してしまうと、ペコペコに乗ったまま騎士がアサシンを見据えた。
      その顔は全く笑っていない。
      うっわやべえと思っているアサシンに、騎士はゆっくりと槍を向けた。
      「さて……」
      ここであえて、笑顔を作って。
      「何か言い残す事はあるか?」
      「えっ俺死亡確定なの!?」
      心外だ、というようにアサシンが言うと、騎士は槍を大きく横に振った。
      「……どこの世界にっ、走り出してるペコの前に飛び出したあげく頭ぶつけて気絶するアサシンがいるんだ!?」
      石突きを下にして地面を打ち据えた騎士の行動に、ペコペコがぎくりと身を震わせる。
      自分が怒られているのかと感じたらしいペコペコを、騎士とアサシンが交互に慰める。
      くちばしの横を軽く叩いてやっていたアサシンは、騎士を見上げるときっぱりと言った。
      「ここの世界」
      「よおし、歯ぁ食いしばれ☆」
      「いやちょっと待てお前に星は似合わないってうわああああああ!?」



      ――追記。
      その日イズルードの海底洞窟では、ぼろぼろになりながらペコペコに引きずられるアサシンと、
      楽しそうな顔でペコペコから降りて手綱を持ったまま歩く騎士が見かけられたという。
      ペコペコよ、その飼い主に似ちゃ駄目だぞと思った者がいたかは定かではない。



      End.




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