09 「昔の話だ」


      彼女と出会った時のことを、二人はおぼろげに覚えている。
      どこか控えめな笑みを浮かべながら、狩り場で回復アイテムを売っていた商人。
      少しばかり共闘したのがきっかけで意気投合し、今に至るわけである。
      そう、確かに大人しげな少女だったはずなのだが。



      「……幻影だったな」
      「昔の話だ」
      酒のなみなみと注がれたコップを傾けるローグに、バナナジュース片手にクルセイダーが応じる。
      部屋全体がお祭り雰囲気で騒がしい中、この二人だけは壁に寄りかかって座り、静かに話し込んでいた。
      その目線の先には彼らのギルドマスター、女性のブラックスミスが豪快に笑っている。
      肩を組まれているバードも結構な量の酒を飲んでいるはずだが、何故か顔色だけは変わっていない。
      舌のろれつは回っていないようだったが。
      反面ブラックスミスは果てなく明るく笑いながら、真っ赤な顔で酒瓶から酒を注いでいる。
      先日しおらしいブラックスミスを見て驚いたのだが、よくよく思い返してみれば初めて出会った時は大人しい感じの少女だった。
      気がする。しかし出会って割とすぐに彼女が転職したのと、親しくなればなるほど本性が出、
      もといローグのがさつなところがうつったのだ――と昔彼は言われたことがある。心外だった。
      今や彼らを始めとする二十数名を束ねるギルドマスターになった彼女は、泣く子も黙らす戦闘ブラックスミスである。
      ちなみに、昔から今に至るまで二人と彼女の間でのらぶろまんすとやらは皆無であった。
      「ところで、話は変わるが」
      ふ、と吐いたローグの息はほのかに酒臭い。
      「今日は俺の誕生パーティ、ってことじゃなかったのか……?」
      会場となっている部屋の端には紙テープがわだかまり、正面の扉にはなんとなく投げやりな字で
      『誕生日おめでとう』と書いた紙が貼ってある。
      丸かったケーキはメンバーの腹に等分におさめられ、ローグの好物フェンの唐揚げもあらかた食べ尽くされている。
      ついでに主役のはずのローグはほったらかしでダンサーが少しあやしい足つきで踊り、判断力を欠いた者たちが
      小銭を投げたりしている。すっかり酔っているのか壁に向かって延々話しかける騎士や筋肉美を披露するモンク、
      それを笑いながら見ている女性陣など人は沢山いるのだが
      クルセイダーとローグの近くにはバリアでもあるかのようによりつかない。
      プリーストとアサシンなどすでに会場に姿すら見つけられない。
      「騒ぐ口実だろう」
      分かりきっていることをさらりとクルセイダーは言う。彼にバナナジュースがよく似合うのはどうだろう。
      それとも、と彼は口元に笑みを刻む。
      「真剣に誕生日を祝って欲しかったか?」
      「んなわけねーだろ、ガキじゃあるまいし」
      彼の言葉をきっぱりと否定して、その後ローグは苦笑した。
      「……まあ、充分祝ってもらってるしよ」
      「確かに」
      そう頷くクルセイダーは、酒宴の前にギルドメンバーでおめでとうと言ったことや心からの嫌がらせ、全収集品詰め合わせセットを
      プレゼントしたことを指して言っているのだろうが、ローグの心中は少しばかり違っていた。
      普段宴会には参加しない目の前のクルセイダーが、今日に限ってずっとローグの隣にいるのだ。
      酒は嗜まないたちなので手に持っているのは常にジュースだったが、
      無意識であろうと意識してのことだろうとローグはちょっと幸せだった。
      「しかし、いつまで騒ぐつもりなんだろうな」
      今日は週の半ばであるため攻城戦には何ら影響はないが、果てなく続きそうなチャンチキ宴会に疲れたらしい。
      クルセイダーが空になったコップを床に丁寧に起きながら呟く。
      「酒が切れたら止まるんじゃねえ?」
      こともなげに言ってみせるローグに、クルセイダーは軽くため息を吐いた。
      台所にも酒はあるにはあるが、追加はなしだときっちり約束させた。
      しかし、この場にずらりと並べられた酒全てが消費されてしまうのだろうか。
      その後の光景と後始末を考えると飲んでもいないのに頭が痛くなってきそうだった。
      それでも立ち上がって去ろうとはしないクルセイダーの表情の変化に気が付いたのか、ローグが立ち上がる。
      酒のおかわりかと見上げたクルセイダーに、ローグは悪戯っぽい笑みを向ける。
      「抜けちまおーぜ」
      「……主賓がいなくてどうするんだ」
      眉を寄せたクルセイダーにもローグは頓着しない。
      「いなくなっても誰も気づかねえよ」
      促されて周りを見れば、先程までの騒ぎが更に加速している。
      女性もいるためあまりにも見苦しい言動がないことが救いだった。
      「片づけはどうする」
      最後の悪あがきにそう言ってみれば、ローグは更に楽しそうに微笑む。
      ガキじゃあるまいしと言ったのは彼自身なのに、その笑顔はシーフだった頃の彼を思い出させた。
      「そんぐらい他の連中にやらせろよ。なんたって、今日は俺の誕生日なんだぜ?」
      結局いつもお前がやってるだろ、と言いながら手を差し出す。
      耐えきれなくなったように笑顔になって、クルセイダーがその手を取った。
      目を合わせたまま、ほとんどローグの力を借りず軽々と立ち上がる。
      「そうだ、先に言っておこう」
      ドアに手をかけたローグがその言葉に振り返る。
      「誕生日おめでとう」
      突然言われて目を丸くしたローグの横をすり抜けてクルセイダーが部屋から出る。
      ローグは立ち止まって待っているクルセイダーに聞いてみた。
      「あ、なあ……来年も祝ってくれるか?」
      クルセイダーは考えても見なかったと言いたげな顔をした後、可笑しそうに笑って手をさしのべた。
      ローグがつられるようにドアから離れ、支えるもののなくなったドアは自動的に閉まり始める。
      扉の閉まる音を聞きながら、クルセイダーはローグに答えを返した。



      End.




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