08 「地獄へようこそ!歓迎するぜ」


      「地獄へようこそ! 歓迎するぜ」
      そう言って、赤い服を着たローグはおどけたように両手を広げて見せた。

      「……何を言ってるんだ」
      ヘルムを傍らに抱えたクルセイダーが、部屋の入り口に突っ立ったまま声を発する。
      尤も、そこに広がる光景は地獄絵図といっても差し支えがないかも知れない。
      強い酒の匂いが鼻につき、そこかしこに空の酒瓶が転がっている。その中には中身が入っている物もあって、
      もったいないとクルセイダーは眉をひそめた。
      転がっているのは酒瓶だけではない。
      打ち上げられた魚のようにごろごろと、人間が転がっている。
      どれもクルセイダーの見慣れた顔、というか共に同じギルドに所属する仲間だった。
      この場合酔いつぶれるまで飲んだことを咎めるべきか男女構わず転がっていることを注意すべきか、彼は少し悩んだ。
      様々な職業の服を身につけた仲間たちは顔を真っ赤にして、それでいて幸せそうに笑いながら眠っている。
      部屋を眺め渡してそこまでを把握したクルセイダーは、先程声をかけたローグの方に目をやった。
      ただ一人だけ座っているローグは、酔いつぶれた者たちに比べれば頭がしっかりしているらしい。
      クルセイダーに向けて、いつものような意地の悪い笑みを浮かべる。
      「これからここの片づけがあるんだぜ? 十分地獄じゃん」
      「何故私が片付けることになるんだ?」
      「そりゃーあれだよ、理性が残ってる奴のつとめって事で」
      笑うローグにも相当アルコールが入っているのは想像できたが、彼は割としっかりとした足取りで部屋の入り口に向かってくる。
      そこいらに転がる仲間たちを踏まないように器用に避けながら。
      クルセイダーに並んだかと思えば、がしっとその肩を掴んで強引に引きずり出そうとする。
      「……おい」
      「外いこーぜ、外。酒の匂いに飽きた」
      「今まで外にいたのだが、って、聞いてないなお前」
      頑丈な鎧に身を包んだ長身のクルセイダーを、酒もつきあってかローグがずるずると数歩引きずる。
      仕方がないと一つ息を吐いてから、体の向きを変えた。


      広く取られたテラスに出れば、眼前には静かな草原が広がっていた。
      丘から下へと視線を移せば、傷ついた門が見える。
      視線を巡らせば他の砦も見えるのだろうが、クルセイダーは見ようとはしなかった。
      彼が所属するギルドがこの砦を落としたのは、ちょうど4時間ほど前だ。
      ある日突然始まった、ギルドごとに砦を奪い合う攻城戦という名の模擬戦闘。
      毎週一回、特定の時間にのみ行われる人間と人間の、ギルドとギルドの戦闘で
      彼らのギルドが勝者となったのは今回が初めてだった。
      「あー、風気持ちいい」
      壁に寄りかかって座り込んだローグが満足そうに呟く。それから、黙って景色を見ているクルセイダーの後ろ姿に声をかける。
      「で? 何で宴会出てこなかったのお前」
      一瞬体を硬直させて、それでも何でもないかのようにクルセイダーが振り向く。
      目を合わせた表情はいつもと変わらない。
      「酒が飲めない人間がいては盛り下がるだろう。砦の様子も見ておきたかったしな」
      「だからって見回って歩くこたーないだろうに」
      ローグは、宴会が始まった当初から彼がいないことに気が付いていた。
      探しに行かなかったのは単に騒がしいことが好きだからと、
      彼が黙っていなくなる時は一人になりたい時だからと知っていたからだ。
      そしておそらく砦内を、果ては周りの砦の様子をも窺ってきたであろう事も見当が付いている。
      「嬉しくないんだろ」
      何が、とは言わなかったが、相手には十分意思が伝わっているはずだ。
      「別に、皆が嬉しければ私も嬉しい」
      「ふーん」
      全く信じていないように相槌を打って、ローグはひょいと夜空を見上げた。
      星が綺麗だった。
      「マスターも何考えてるかわかんねえからなあ」
      上を見たまま言うローグの言葉にマスターである女性の姿が思い出される。
      常に活発な彼女が砦が欲しいと言い出したのは二ヶ月ほど前だった。
      難しいことは考えないギルドのメンバーたちは、相談しつつ準備を調えていったのだが。
      「案外面白そうだからとかそういう理由だったりして」
      「それは……流石に」
      内心ローグに頷きつつも口では否定する。と、彼の視線は天上からクルセイダーへと移っていた。
      「本っ当に無いと思うか」
      「……コメントは控えさせてもらおう」
      わざと重々しく言うと、ローグが楽しそうに笑う。
      「王サマよりは考えも読みやすいけどな」
      「おい」
      咎めるようにクルセイダーは声を出した。
      普段生活している分にはあまり関係はないのだが、何のかんの言ってここは王権国家なのだ。
      国に認められている以上、冒険者がそれを非難するわけにはいかない。
      「だってよお、モンスター相手にこんな技術が要るか?」
      ローグの顔に酔いはほとんど残っていなかった。
      見つめられて、クルセイダーが押し黙る。
      「他国との交流は増えた、それはいい。今はどこの国土にも魔物がいるから、そっちに手一杯だろうよ? でも、もし」
      「言うな」
      短く発した言葉で遮る。
      それは、言ってはいけないし、考えてはいけない類のものだ。
      魔物がいるから平和だなどと、思ってはいけない。
      「まあ、攻城戦で死ぬ奴はいないから安心しろ」
      攻城戦は人同士がぶつかり合う故に、厳しくルールが定められている。
      カプラ嬢の空間転送も常以上に素早く、実際死人は出ていない。
      あくまでも模擬戦であり、冒険者の数をいたずらに減らすのは良くないという国の考えだろう。
      無論、砦の取り合いをしているギルドの面々に文句があるはずもない。
      「気にしていない」
      「嘘つけ」
      何でもない風にクルセイダーが言えば、即座に否定したローグが苦笑する。
      不意に、その体が寒さに震えた。
      「うー、冷えてきたな……戻るか」
      「そうだな」
      ローグが立ち上がり、クルセイダーもそれに続いた。もう夜も遅く、彼も眠気を覚えていたのかも知れない。
      「片付け、があるんだったか」
      「あー? いいよいいよ、んなもん明日あいつらにやらせりゃ」
      「さっきと言っていることが違うぞ」
      「適当な部屋に放り込んで毛布でもかけときゃいいだろ」
      「人の話を聞け」
      無視されて憮然とするクルセイダーを見てから、ローグはその頭を撫でた。
      撫でる、というよりはかき混ぜるといった方が正しいが。
      手で払いのけようとしたが、のらりくらりと逃げられた。
      「止めろ」
      「はいはい。たまには俺の男心をわかって欲しいんですが」
      「何の話だ?」
      手はどかされたものの話を訳のわからない方向にずらされて、クルセイダーの眉が寄せられる。
      ローグは彼をじっと眺めてから、何とも言えない笑みを浮かべた。



      End.




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