07 「寝言は寝てから言いな」


      今日のアサシンは憂鬱だった。
      昔の知り合いからちょっとした護衛を頼まれたのはいいが、案外期間が長く帰れるのは一週間後になってしまう。
      やっと手に入れた恋人を置いて行くのは少しばかり気が進まない。
      何となく動きも重く身支度をする。
      そんな彼に、後方のベッドの上から声がかかった。
      「……もう行くのか?」
      寝ぼけているのか少し舌足らずな声で話しかけてきたバードは上半身を起こしてアサシンを見ている。
      首筋から胸元にかけて散らばる赤い跡がなんとも扇情的だった。
      振り向いたアサシンは笑顔を作る。
      「うん、なるべく早く帰ってくるからね」
      「んー……」
      バードの様子が少し変だった。
      何かを言いあぐねているように視線をアサシンから天井にやり、床を見つめてからアサシンに戻す。
      「なに、寂しい?」
      素直ではない(と彼は思いこんでいる)バードの反応を半ば予想していた彼だが、予想外のことが起こった。
      図星を突かれたように目を見開き、ふいと視線を逸らしてしまう。よく見れば、その頬は赤く染まっていた。
      「寂しい」
      ぽつり、と呟かれた言葉をにわかに信じられず目をぱちくりさせていると、なおも彼は言葉を続ける。
      「……行かなきゃいいのにな、って思うよ」
      一瞬動きを止めたアサシンだが、割とすぐに我を取り戻すと素早くベッドの脇まで寄る。
      脇に立ったアサシンを見上げてバードが言う。
      「でも、行くんだろ?」
      「うん……残念だけど」
      悲しそうに眉を寄せたバードは、精一杯身を乗り出してアサシンの襟元を掴む。
      そのまま自分の近くまで引き寄せて、軽く唇を合わせた。
      呆気にとられたアサシンを静かに突き放して、真っ赤な顔でバードは言った。
      「……行ってこい」
      「…………」
      思わぬ激励に感激したアサシンがお返しをしようと――


      したところで目が覚めた。


      窓辺から朝の光が差し込んでいる部屋で、ベッドの上アサシンは呆然としていた。
      目をこらすまでもなく自分は昨夜寝た時の姿のままで、案外寝汚いバードはよく眠っている。
      頭を二、三回振って、ようやく夢だという事実に気が付いた。
      残念そうにため息を吐いて、おしかったなと低く呟く。
      実際に今日アサシンは部屋を留守にしなければならない用事があるのだから尚更だ。
      しかしがっかりすると共に、もしかしたら正夢ではないかという甘い考えが首をもたげてくる。
      わくわくしながらバードの肩を揺り動かす。
      この時点で文字通り夢に見たシチュエーションとは違うことに気づいていない。
      最近神経が太くなったのか体の方が緊張しなくなったのか、バードの寝起きはすこぶる悪いものになってきていた。
      手を嫌がって反対向きに寝返りをうってしまった彼を尚根気強く揺すり続ける。
      うーん、とうなり声と共にバードの眉根が寄せられた。
      無意識のうちにアサシンの手を払ってから、うっすらと目を開ける。
      その目に映るのは悲しくも見慣れた天井ではなく、アサシンの顔だった。
      さいあく、と口の中で声にならないように呟いてから、バードは目を開け続ける努力をする。
      そんな彼に気づいているのかいないのか、アサシンは妙に嬉しそうに話しかけた。
      「今日からしばらく留守にするんだけど」
      「あー……? きのう聞いた……」
      半ばうわごとのように応えるバードは今にも眠りに落ちてしまいそうだ。
      期待通りのリアクションが返ってこなかったアサシンは、途中のプロセスを省いてみた。
      「ねえ、してくれないの?」
      「……なにを」
      いつものことながら何を言ってるんだ、と言いたげな目でアサシンを睨むも、バードの口は今そこまで回らない。
      「いってらっしゃいのキス」
      「……………………」
      あからさまに眠そうだったとろんとした目から瞬間半眼になり、こいつ正気かと言わんばかりにアサシンを見る。
      眠気が半分以上去っていったらしい。
      じいっと顔を覗き込んで来るアサシンが本気だと悟りつつも、彼は冗談で終わらせようとあがいた。
      「寝言は寝てから言いな」
      「起きてるよ、さっきは寝てたけど」
      「いやだから寝言言うんだったら寝た後で」
      「さっきはしてくれたのにー」
      「俺は生まれてこの方そんなもんしたことはねえ!」
      きっぱりと言い切る頃には眠気は去っていたが、それ以上に彼には危機がせまっていた。
      バードの肩を揺すっていたはずの手はいつの間にかバードを囲う位置につかれており、顔は相変わらず彼を覗き込んでいる。
      思わず頭を上にずりあげたが、ベッドヘッドにぶつかった。
      「じゃあいいや」
      しかし、ここで諦めてくれる人間ならバードは苦労していない。
      「勝手にもらうから」
      「ちょっ、昨夜さんざ……っ」
      夢と現実のギャップに全く堪えない人間であった。



      End.



      冒頭、夢の中のやりとりは書いてて鳥肌たちました。寒かった……!




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