06 「嘘はもっと上手く付け」


      桜が咲き誇る春の日、窓際のイスに腰掛けたウィザードは読書をしていた。
      ぽかぽかと暖かい陽気に、このまま居眠りをしたら心地良いかとも思ったが、日が落ちたら風邪を引くと諦める。
      桜より椿の方が好きだがな、と考えながらも徐々に書物の文面に没頭していく。
      めくるめく魔法倫理に心を奪われ、いっそ実践してみようかという考えが頭に浮かんだ時。
      部屋のドアが開いた。
      「やっほー」
      やたらとにやにやした笑顔を浮かべて、モンクが廊下に立っていた。
      ウィザードの視線が書物から彼に移動したのを見て取って、モンクは部屋に入ってきた。
      「……どうした、実験材料」
      読書の邪魔をされて魔法の実験台にしてやろうかという気持ちが半分、からかい半分だったのだが、
      脳みそが筋肉なのではないかとまで揶揄されるモンクが気にするはずもなかった。
      「あのよー、えーっと、」
      「用事があるなら要点を言え」
      ぐだぐだと胸の前で指をいじっていたモンクは、意を決してウィザードを見据えると口を開いた。
      「おれ、お前が嫌いだ」
      「そうか」
      「…………」
      沈黙。
      一世一代の気合いを込めた台詞をあっさり切り捨てられたモンクに二の句が継げるはずもなく、
      切り捨てたウィザードの方は何も聞かなかったかのように再び書物に目を戻している。
      「や、あの、そのっ」
      途端に狼狽しだすモンクに、ウィザードは冷たい口調を向ける。
      「嫌いなのだろう? さっさと出て行ったらどうだ」
      「えっ……」
      そういわれて、モンクは泣きそうに顔を歪めた。
      正直、長身の上がっしりした体つきをしている男にそんな顔をされても笑えるだけである。
      ウィザードは目線の高さまで書物を持ち上げた。
      笑みが漏れた口元をモンクに見られたくなかったからである。
      「嘘はもっと上手く付け」
      「……え」
      極寒の吹雪の声ではなく、紅葉舞う秋の空気まで暖かくなった声にモンクは顔を上げた。
      「エイプリルフール。そうだろう?」
      自信たっぷりのウィザードの声に、モンクは「な」の形に口を開けたまま固まった。
      エイプリルフール、四月一日の別名で、この日は嘘を付いても許される、らしい。
      硬直が溶けると、がしがしと頭をかく。
      「うわあ……最初っからばれてたりした?」
      「当然。私を甘く見るな」
      ふん、と鼻で笑われるオプションが付いてきた。
      なんとなく、モンクは別の意味で泣きたくなった。
      「まったく……毎年騙そうとして騙せた試しがないだろう」
      出窓になっている窓枠に読みかけの書物をのせる。窓は初めから閉まっていた。
      「くっそー、ちょっとは動揺させられるかと思ったんだけどなー」
      ぶつぶつと愚痴を言い始めるモンクに、ウィザードは綺麗なまでの笑みを浮かべて言ってやった。
      「安心しろ、私はお前のことが好きだからな」
      その言葉に一瞬顔を輝かせたモンクは、今日がエイプリルフールだということを思い出す。
      今のが嘘だとすると、えーと、とモンクが頭を使っている間に、ウィザードはなにやらメモを書いていた。
      「ところで、お前暇だろう」
      「断言されるのもなんだかなーと思うけど、暇」
      「そうか」
      いっそ優雅とも言える仕草で、先程のメモ用紙をモンクに差し出した。
      よくわからないまま彼が受け取る。
      「ちょっと手が離せないんでな、そこに書いてあるものを買ってきてくれ」
      「別にいいけど……なんか、やたら安くない?」
      「ああ、知り合いから耳打ちが入ってな、その値段で売っている露店があったらしい。早く行ってくれ」
      「あいよー」
      書かれた値段きっちりの代金を受け取って、モンクは部屋でのやりとりなど忘れたように出て行った。
      このあたりが単純筋肉馬鹿と呼ばれる所以である。
      宿から走り出ていくモンクの姿を窓から見下ろして、ウィザードは内心ほくそ笑んだ。
      無論、メモ用紙も言ったことも全て嘘である。
      「この私に嘘をついたのだから、走り回るぐらいしてくれんとな」
      おそらく彼は有りもしない露店を探し回ったあげく、それのために自腹を切って相場通りの物を買ってくるだろう。
      毎年ウィザードに嘘をつこうとして同じような目に遭っているのに、全く懲りないのはもはや才能かも知れない。
      「まあ……全て嘘でもないが」
      書物を取り上げて読み出したウィザードの口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
      春の日はまだ終わらない。



      End.




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