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     01 「お楽しみはこれからだ」


      首都プロンテラから人通りが途絶え、酒場の灯が落ちる頃。
      静寂を破り、男の声が響いた。
      「奴だ! 奴が出たぞー!!」



      「先生、今日も楽勝でしたねっ」
      人気のない路地裏で、一人の少女が傍らの男に話しかける。
      彼女はシーフの服装に、片手にオペラ仮面を持っていた。
      「当然です、私の手にかかればこれしき」
      背の高い男が口元だけで笑う。深くかぶった学者帽のおかげで、顔は見えなかった。
      と、男が少し離れた家の壁に注目する。
      おやおやと口の中で呟き、帽子のつばを押し上げる。
      蝶仮面の奥の瞳がきらりと輝いた。
      男の様子に気が付いたシーフが、その表情を窺うように覗き込む。
      「――お楽しみはこれからですか」
      そう言うと、シーフの少女をそのままに一歩二歩と前に進む。かつんかつんと石畳に音が響いた。
      「そこまでだ! このこそ泥野郎!」
      壁の一部がぶわさっという音と共に取り払われ、そこに一人の騎士が出現した。
      先程男が注視していた場所だが、騎士は気づかれたとは思っていなかったらしい。
      しかし男は驚いた様子も見せず、軽く肩をすくめた。
      「こそ泥……というのは美しくありませんねえ。せめて怪盗、と言って頂けませんか」
      「ふざけんな! 大体お前ローグだろうが、怪盗じゃなくて強盗だ!」
      黒く染色されたマント(法律違反)の下の赤い上着を目ざとく見つけたのか、騎士が怒鳴る。
      とはいえ夜半ということもあり周りに気を遣っているのか、声は押さえ気味だったが。
      「強盗ならしてもいいと」
      「んなこた言ってない」
      顎に手を当ててどこまでも妙な方向に解釈するローグに騎士が突っ込む。
      「ともかく! 首都での盗難事件21件はお前の仕業だってわかってんだ、神妙にお縄につけ」
      じろりと睨んだが、ローグはそれを全く気にしていないようだった。
      おどけた仕草で首を振ってみせる。
      「今夜の仕事を合わせて24件ですね」
      「うわ、何かやたら増えてやがるし」
      「しかし……何故私たちがここに来ると思ったので? 頭を使うのが得意とも見えませんし」
      「何かさらりと馬鹿にされたような気がするがそれはおいといて」
      きっぱりと馬鹿にされているのである。
      「お前の今までの行動パターンを見て、何となくこの辺かなーって所の壁に偽装してたんだ!」
      指をまっすぐに突き指し、何故か偉そうに宣言する。
      要するにただの勘である。
      しかし、その勘に従って壁に延々と張り付いていた執着と努力がローグたちに引き合わせたと言えなくもないかもしれない。
      「仲間うちに言っても誰にも信じてもらえなかったから一人だけど」
      信じる方が間違っている。
      「変な人ですねえ」
      とっさにオペラ仮面を付け直したシーフがぼそりと呟く。
      幸運にも、騎士の耳には届いていなかったようだが。
      「ですが、面白い」
      ローグは聞こえていたらしく、こちらもぽつりと漏らす。
      その後ろ、仮面の奥でシーフはうわあといった顔を作った。
      「先生趣味悪いですよ……」
      美術品の趣味はばっちりなのにいとぼやくシーフの声を無視して、ローグはまた一歩進んだ。
      騎士が一歩では跳びかかれない程度の距離を置いて再び対峙する。
      「冒険者がわざわざ?」
      自分から近づいてきたローグに警戒しながらも、騎士はその問いに答える。
      「市民の皆さんの安全と財産を守るのも冒険者の役目だ」
      「貴方、テロの時に真っ先に駆けつけるタイプでしょう」
      「な、何故わかる!?」
      必要以上にうろたえる騎士の反応に、ローグは蝶仮面の奥で苦笑した。
      こうまでわかりやすい人間はさほど多くあるまい。
      「しかしながら、捕まるわけにはいきませんのでね」
      挑発的な笑みを浮かべると、案の定彼の顔が赤く染まった。
      「じゃあ盗んだもの返せ!」
      しかし騎士の口から出てきた言葉はローグには予想外のものだった。
      一瞬あっけにとられてしまい、それが相手に悟られないようにわざと余裕を含んだ声を返す。
      「美しいものは、美しい者の手に所有されるのが幸せだと思いませんか?」
      「はあ!?」
      一方騎士の方は驚いたことを微塵も隠さず体全体で表してくる。
      「私が頂戴してきた美術品も宝石も、皆美しくない者が持っていました。それでは彼女たちが気の毒ではありませんか!」
      何故かだんだん熱がこもってくる犯行動機を聞きながら、騎士は引っかかった箇所だけを確認した。
      「……彼女たち?」
      「私は美術品を愛していますから」
      「……はあ」
      もはや何を言っていいのかわからず、曖昧な返答を返す。
      こんな人間の前に何を言うか浮かんでくる者の方が凄いが。
      しかし、騎士の脳みそに不意に本来の目的が浮かび上がってきた。
      「って、ごまかしてんじゃねえ!」
      「おや、気が付きましたか」
      いけしゃあしゃあとローグが返す。あわよくば煙に巻いてしまうつもりだったらしい。
      ついに騎士が傍らの壁に立てかけてあった槍を手に取った。それを見て、ローグが意外そうな表情を作る。
      「とにかく、欲しけりゃ一度返してから買え」
      「本気で変な人ですねえ」
      後ろで成り行きを見守っているシーフが感想を述べる。
      泥棒に金を出して欲しいものを買えと言う者がどこにいるのだろう。
      彼はあくまでも本気で言っているようだが。
      「そうですね……」
      ローグは一言だけをその場に残し、騎士に向かって歩みを進めた。
      シーフと騎士がぎょっとする。
      騎士はちらりと手に握った槍に目をやった。
      見たところローグは手に何も持っておらず、丸腰の相手に槍を向けるのは気が引けた。
      しかし少しの逡巡は、ローグと騎士の間の距離を縮めるには十分な時間だった。
      目の前まで迫った彼の姿に驚き、騎士はとっさに槍を構えようとしたのだ、が。
      その瞬間、ローグは顔の上半分を覆っている蝶仮面を取り去っていた。
      追われる立場の相手が顔をさらしたことと、その目に唖然とした顔の自分が映っていることが信じられないと騎士は固まった。
      そんな彼の姿に、ローグは面白そうに目を細め――騎士の頬に唇を落とした。
      「っ!?」
      目を見開いた騎士は、自分の顔に血が集まってくるのを自覚しつつも、右手に持った槍を目の前の空間に突き刺した。
      しかしローグはすでにその場から跳び去っており、数歩離れた場所で何も変わらず立っていた。
      「なっ……何しやがるこの野郎っ!」
      「私は趣味が悪いらしいので」
      答えになっていない台詞を言うが早いか、ローグは一跳びで屋根の上に着地した。
      助走も無しの跳躍に気を取られた隙に、シーフの少女がローグの傍らに走り寄る。
      「では、またお会いしましょう」
      「さよーならー」
      最後に爽やかに騎士に手を振って、ローグとシーフの二人組が闇の中に消えていく。
      間が悪いことに、ちょうど月が陰った。
      「ま、待ちやがれてめーら!!」
      騎士も後を追おうとするが、彼らの服よりも動くのには適していない格好をしている。
      屋根の上を追いかけるのは無理だろう。かといって、今から路地を走った所で間に合うとは思えない。
      「くっそお……今に見てろよ、ぜってーとっ捕まえてやるー!!」
      夜空に向かって騎士は吠えた。
      すると、派手な音を立てて近くの窓がいきなり開いた。
      「うるっさいわね! うちのジョニーちゃんが起きちゃうでしょ!」
      すこおん、といい音を立てて、近所の主婦ジュリエッタさん(38)が投げた植木鉢が騎士の後頭部に直撃した。
      いい所に当たったらしく、騎士は前向きに倒れたままもはや動かない。
      彼の誓いが果たされるかどうかは、未だ誰にもわからないのであった。



      End.




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